子犬だって負けちゃいない

マタイによる福音書15:27節 女は言った。「主よ、ごもっともです。でも、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただきます。」  あきらめの早い現代人は、泥くさく食い下がることに冷めているようです。 ところが今日の聖書箇所 […]

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愛はギブ・アンド・ギブ

ヨハネの手紙一4章19節 「私たちが愛するのは、神がまず私たちを愛してくださったからです」  愛はギブ・アンド・テイクではありません。神はまず私たちを愛してくださいました。 ある日、幼稚園児の息子に付き合って、映画「シン […]

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逃れの道の入口

コリントの信徒への手紙一  10章13節 「神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」  人生は幸せと同じくらい […]

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初心忘るべからず

エレミヤ書1章11−12節 主の言葉が私に臨んだ。「エレミヤよ、何が見えるか。」私は答えた。「アーモンドの枝が見えます。」主は私に言われた。「あなたの見たとおりだ。私は、私の言葉を実現するために見張っている。  今日から […]

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主が共におられます

「私たちには主が共におられます。」(民数記14:9)  離任が決まった後、紙に書き写し、ポケットにしのばせ、思い出しては、繰り返し味わってきた祈りの言葉です。 「主よ、今日、あなたに私をお委ねします。あなたの御心が、私の […]

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主の愛で自分を取り戻す

「イエスは言われた。『するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。私に良いことをしてくれたのだ。』」(マルコ14:6)  過越祭と除酵祭の二日前のことでした。エルサレム近郊にベタニヤの村があり、そこに重い皮膚 […]

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神のものは神に

「さて、人々は、イエスの言葉尻を捕らえて陥れようとして、ファリサイ派やヘロデ党の人を数人イエスのところに遣わした。」(マルコ12:13)  受難週の出来事です。主イエスを陥れるためにファリサイ派やヘロデ派の人々がやってき […]

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取引する心

「そして、人々に教えて言われた。『こう書いてあるではないか。「私の家は、すべての民の/祈りの家と呼ばれる。」ところが、あなたがたはそれを強盗の巣にしてしまった。』」(マルコ11:17)  イエスさまがエルサレムに来ると、 […]

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受難週が始まりました

「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じて、イエスの名によって命を得るためである。」(ヨハネ20:31)  昨日の日曜日は、イエスさまがロバの子に乗ってエルサレ […]

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恵みの主に応答して生きる

「神である主は、エデンの園に人を連れて来て、そこに住まわせた。そこを耕し、守るためであった。神である主は、人に命じられた。『園のどの木からでも取って食べなさい。ただ、善悪の知識の木からは、取って食べてはいけない。取って食 […]

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