苦しみの先にあるもの

西川裕巳神学生 奨励要約
2026年2月8日
ヨブ記1章1‐3節、13‐21節
マタイによる福音書24章35節

Ⅰ. 「心の感謝ゾーン」が狭すぎる

昨年6月からジュニアチャーチで子どもたちと礼拝を共にしています。1月の暗唱聖句は、テサロニケの信徒への手紙一5章18節「どんなときでも感謝しなさい。…」でした。そして、先月、「感謝」というテーマでメッセージをさせていただきました。私たちは、「ありがとう欠乏症」にかかっているのかもしれない、日々の生活で心の底から、ありがとうと思えていないし、言えていないのではないか、感謝の対義語は、憎しみではなく、「当たり前だと思う気持ち」ではないかと問い掛けました。また、私たちは、「心の感謝ゾーン」が狭すぎるかもしれない、そんな話もしました。
私たちには、余りにも大きなこと、例えば、空気がある、水がある、といったことに、ありがたさを感じにくく、日々の小さな出来事にも、感謝の心が起きにくい、ましてや、辛くて苦しいときは、なおさら感謝しにくい、そんな傾向があります。だから、私たちの感謝する心のゾーンは意外に狭い。しかし、聖書は、「どんなときでも」感謝しなさいと語り掛けます。神様の恵みに生かされていくことで、一人ひとりの心の感謝ゾーンが拡げられていき、「ありがとう欠乏症」から、癒されていくことができるようにと、最後に祈りました。
そして、今日は、さらに一歩進めて、私たちが生きていく中で、苦しみを抱えて、悲しみを通っていく、そのような現実をキリスト者としてどのように受け止めていくことができるのか。そのような思いでヨブ記から学んでみたいと思います。

Ⅱ. 阪神淡路大震災の衝撃

昨年1月17日に阪神淡路大震災から丸三十年を迎えました。当時、私たち家族は、神戸市で暮らしていました。1995年1月17日午前5時46分兵庫県南部地震発生。神戸市内は震度7、震源地は淡路島北部。死者は6434人、その8割が窒息・圧死でした。負傷者も多く、重傷は1万人以上、軽いけがを含めると4万人以上、火災の被害は7500棟以上、停電はピークで260万戸という記録が残っています。
当時、私たち家族は、3歳の長男がいて、長女が生後1か月でした。私は、目の前の衣装ダンスが倒れてきて、幸い扉が両開きの状態だったので、そのままその中に収まってしまいました。妻は、揺れが続く中、二人の子を近くのベビーベッドの下に潜り込ませ、揺れが終わるのを待っていました。私は、わけが分からず、真っ暗な中、「神様」と大声で叫んでいました。揺れがおさまった後、妻は、私の上にかぶさっているその大きなタンスを引き上げて、私を助けてくれました。
私の知人は、震災直後、倒れた家の中に入って多くの人を助け出しましたが、火の手があがって助けようにも、助けられなかったと自分を責めていました。 
自然災害の被災だけでなく、私たちは思わぬ出来事にあって、悲しみを抱え、苦しみを受ける、私たちの人生には、そのようなことが起きることがあります。これから見ていくヨブもその一人です。

Ⅲ. ヨブの苦しみの諸相

なぜ正しい人が苦しむのか、これがヨブ記のテーマの一つです。社会的にも宗教的にも欠けのない人物、そんなヨブの上に突然、相次いで大きな事件や事故が襲いかかります。ヨブが受けた苦しみとはどのようなものだったのでしょうか。
1つ目は、「突然受ける苦しみ」です。突然の出来事は、心の備えができていないだけに、受けるダメージは大きくなります。ヨブの受けた苦しみもまさにそのようなものでした。ヨブが今日の精神医学でいう、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症してしまっても決しておかしくない状況だったはずです。また、その受けた苦しみとは、時間の流れの中で順次起きてきたものではなく、異なる場所で、同時的に起きたことに注目すべきです。ヨブが事件の報告を受けている最中のこと、「彼がまだ話している間に、別の者がやって来て言った。(1:16)」。そしてヨブに次の不幸な事件が報告され、更にその報告の最中に、次の事件の報告が続き、その報告を受けている途中で、愛する子どもたちが全員亡くなったという事件の一報が届きます。ヨブの使用人全員が殺され、次に家畜が全滅し、さらにヨブの息子、娘たちが災いで全員亡くなる。
時間の流れの中で起きてくる出来事というのは、起きた原因を考えやすいという面があります。それは、「原因と結果」という因果のつながりで起きたことを説明することが可能だからです(実際、それが正しいかどうかは別の問題です。)。しかし、ぱっと同時的に色々なことが一度に起きてしまうと説明がつきませんし、混乱してしまいます。どうしてこんなことが起きたのか。理由や原因が分からないときに苦しみもまた大きくなります。
2つ目は、「苦しみの後に続く苦しみ」です。苦しみは、後に尾をひきます。皮膚病にかかったヨブは、人々からのけ者にされました。仲間から外されるということは、大変辛いことです。人は、メンバーシップによって生き、生かされるからです。ヨブは、病気による身体の痛みに加え、まわりからの偏見と差別を受ける、そのような苦しい立場に置かれます。もう一つあります。それは、苦しんでいる人の周りの人々が本人に繰り返し尋ねることで起きがちです。心配や善意によるものがほとんどですが、「過剰取材」を受ける中で、心の二次被害を受けてしまうということもあります。ヨブ記を読み進めると、ヨブの友達は、最初は黙っていましたが、そのうち助言をし始め、ヨブと言い合いになり、最後はもうヨブをバッシングしています。
3つ目が、最も辛い苦しみかもしれません。それは「信仰者としての苦しみ」です。ヨブは子どもたちを愛し、神にささげ物をささげ、子どもたちも父ヨブの祈りを日々受けていました。にもかかわらず、子どもたちは全員亡くなります。ヨブとヨブの妻の苦しみというものは、どれほどに大きなものだったかと思います。
このような苦しみにヨブはどう対応したのでしょうか。ヨブは大きく痛めつけられますが、ヨブの霊は生きていました。ヨブには、健康問題、家族、仕事、財産の問題がありました。しかし、ヨブがヨブであるための中心、コアの部分、霊的な部分、心と言ってもよいかもしれませんが、そこは生きていました。しかしその後、ヨブは苦しみます。なぜか。それは、「信仰者だからこその信仰者としての苦しみ」と関係します。ヨブが心の底から神様に呼びかけても、神様は答えてくださらないという苦しみです。生まれてこなければよかった、もう死にたい、ヨブの霊は次第に弱っていきます。
しかし、最後に神様はヨブにあらわれてくださいました。「知識もないまま言葉を重ね、主の計画を暗くするこの者は誰か。」神様はヨブの苦しみの原因は語りませんが、ヨブにこの世界をつくったのはだれかといってヨブに迫ります。不思議なことに、ヨブはそのことで心が満ち足り、ヨブの霊は回復します。その後、ヨブは神様に大いに祝福されるということは、ヨブ記ご案内のとおりです。
苦しみの原因を知ることによって、ヨブの霊が回復したのではなく、神様との、「もう一度の出会い」によって、ヨブは回復へと導かれました。私たちも、「信仰者としての苦しみ」を経験するとき、なぜこんな目にあうのだろうか、そのような問いを超え、その苦しみの先には、必ず、私たちのために神の言葉が与えられる、そのことを信じて覚えていきたいと願います。
そして、私たちの苦しみを通して、イエスキリストの十字架の苦しみ、「神の一人子としての苦しみ」に目を向けるようにと導かれていきたいと願います。十字架の苦しみの意味は、なお多くの人には隠されていますが、私たちには、聖書の御言葉によって明確に示されています。十字架の苦しみにおいてこそ、私たちへの神の愛がはっきりと示されているのです。

Ⅳ. 「神は、苦難の時の傍らの助け」

もう一度、震災の話に戻ります。震災当日1月17日の二日前の15日の日曜礼拝の中で、淡路島から来た姉妹が講壇に立って証しをされました。ふだんは淡路島で家庭集会を続け、時々、神戸の教会に通ってこられる方でした。彼女は、神様への信頼を強くして生きていたいと話され、詩編46編1節から4節を朗読しました。 「神は我らの逃れ場、我らの力。苦難の時の傍らの助け。それゆえ私たちは恐れない。地が揺らぎ、山々が崩れ落ち、海の中に移るとも。その水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶる様に山々が震えるとも。」
震災後、この聖書の言葉を思い出していました。それからというもの、私は、どれほど、この御言葉に支えられてきたことでしょう。
お祈りいたします。