【キリストについて②】(信仰の基本シリーズ3)
【イエス様の十字架の死の意味】 (全7シリーズ 各3回 月曜-水曜) 「死者は朽ちない者に復活し、私たちは変えられます。」 (コリントの信徒への手紙一15章52節)
なぜ、イエス様が十字架で死ななければならなかったのでしょうか?神さまは全知全能であるのだから「人の罪を赦します」と、ひとこと宣言して赦せることもできたのではないでしょうか?十字架は不必要に感じられるのです。キリスト教信仰のシンボルであるにも関わらずその真意をつかみ損ねているかも知れません。 アダムとエバは、エデンの園で神に愛され、神との交わりに生きる自由を与えられていました。しかし、神との約束であった「善悪の知識の木」に手をつけ、神(善悪の知識)になろうとした罪は重く、たんに悔い改めで赦されることではありませんでした。そして、「神の義」において、善悪を曖昧にして人の罪を反故にすることはできませんでした。ではなぜ「十字架の死」なのか?それは「どんな解決方法なのか?」ではなく「誰が解決してくれるのか?」という問題なのです。 人間の罪を解決できるのは無からすべてを創造された神にしかおできになれません。人間は自分で犯した罪のつぐないを自分で解決しなければなりませんでしたが、それは不可能でした。人間が神のようになろうとした罪(堕落)を赦していただく和解の道は、神の力に頼るしかありませんでした。そこで霊なる神が、肉体をとって身代わりとなって死を受けるという和解の手段を与えてくださったのです。 つまり、イエス様は死ぬことができるために肉体をとり人となられ、罪を赦すために、そして「罪責感」という罪の奴隷から解放するために地上に来て下さったのです。
【復活の意味】 イエス様は復活された時、「触ってみなさい」と十字架の傷跡に触れさせました。イエス様が肉体をもって復活されたのは、父なる神によるものです。イエス様自身の力で復活したのではありません。そこに私たちの希望があります。「復活」は、私たち人間をも復活させるために成された救いの御業です。命は、神が与え、神が取り去るもので、人間を最後に支配するのは「死」の力ではありません。 確かに死は人間を一時支配しますが、イエス様を復活させ永遠の命を生きる者とした、その力をもって、神は人間をもこの世の終わりに復活させます。イエス様を救い主と信じることによって、もはや死に支配されて終わるのではなくて、神様が与えてくださる「永遠の命」に生きる者とされる希望があるのです。この希望を覚えて歩んでいきましょう。
《祈り》父なる神様、私は信じます。罪の赦し、体のよみがえり、永遠の命を信じます。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
なぜ、イエス様が十字架で死ななければならなかったのでしょうか?神さまは全知全能であるのだから「人の罪を赦します」と、ひとこと宣言して赦せることもできたのではないでしょうか?十字架は不必要に感じられるのです。キリスト教信仰のシンボルであるにも関わらずその真意をつかみ損ねているかも知れません。 アダムとエバは、エデンの園で神に愛され、神との交わりに生きる自由を与えられていました。しかし、神との約束であった「善悪の知識の木」に手をつけ、神(善悪の知識)になろうとした罪は重く、たんに悔い改めで赦されることではありませんでした。そして、「神の義」において、善悪を曖昧にして人の罪を反故にすることはできませんでした。ではなぜ「十字架の死」なのか?それは「どんな解決方法なのか?」ではなく「誰が解決してくれるのか?」という問題なのです。 人間の罪を解決できるのは無からすべてを創造された神にしかおできになれません。人間は自分で犯した罪のつぐないを自分で解決しなければなりませんでしたが、それは不可能でした。人間が神のようになろうとした罪(堕落)を赦していただく和解の道は、神の力に頼るしかありませんでした。そこで霊なる神が、肉体をとって身代わりとなって死を受けるという和解の手段を与えてくださったのです。 つまり、イエス様は死ぬことができるために肉体をとり人となられ、罪を赦すために、そして「罪責感」という罪の奴隷から解放するために地上に来て下さったのです。
【復活の意味】 イエス様は復活された時、「触ってみなさい」と十字架の傷跡に触れさせました。イエス様が肉体をもって復活されたのは、父なる神によるものです。イエス様自身の力で復活したのではありません。そこに私たちの希望があります。「復活」は、私たち人間をも復活させるために成された救いの御業です。命は、神が与え、神が取り去るもので、人間を最後に支配するのは「死」の力ではありません。 確かに死は人間を一時支配しますが、イエス様を復活させ永遠の命を生きる者とした、その力をもって、神は人間をもこの世の終わりに復活させます。イエス様を救い主と信じることによって、もはや死に支配されて終わるのではなくて、神様が与えてくださる「永遠の命」に生きる者とされる希望があるのです。この希望を覚えて歩んでいきましょう。
《祈り》父なる神様、私は信じます。罪の赦し、体のよみがえり、永遠の命を信じます。
牧師 和田一郎
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