行く先を知らずに旅立つ

「信仰によって、アブラハムは、自分が受け継ぐことになる土地に出て行くように召されたとき、これに従い、行く先を知らずに出て行きました。」 (ヘブライ人への手紙11章8節)
 「旅に病(やん)で夢は枯野をかけ廻る。」という句を残した松尾芭蕉は、すでに旅先での死を意識しながら「奥の細道」の旅に出たそうです。その時46歳でした。 しかし「奥の細道」の旅で満足していたわけではなくて四国の山を歩き、九州への船旅も意識していました。病によってそれらの旅が断たれてしまう無念を句に表したのです。肉体は滅んだとしても、夢では死という枯野をそのままかけ廻るだろうという、旅に対する情熱を感じる句です。芭蕉にも憧れの人がいたそうで、鎌倉時代に武士の身分を捨てて出家し、旅に出た西行のように風雅を極めて生きたいと思ったそうです。西行は修行に励んだわけではなく、全国を旅して歌を詠み後世に影響を残した人です。  行く先を知らずに旅に出たアブラハムは、目的地をただ神さまに委ねて歩みはじめました。ヘブライ人は遊牧民族だったから、荒れ野を旅しながら生れ養われた信仰は、農耕民族の日本人には、分かり得ないところがあると言う人もいます。しかし、旅を通して人生を見つめる心を持つのは人間に共通するものではないかと思いました。 創世記にはアブラハムの雄大な生涯が人間の原型のように語られています。アブラハムは神さまの声にしたがって「行く先を知らずに」旅人となりました。アブラハムの心境を哲学者 森有正は書き記しました。 「父も死んだ。誰も彼を呼ばない。無関心と荒廃とが限りなく拡がっている。呼び声は向こうからではなく、彼の中からきた。しかもそれは呼ぶ声ではなく追い出す声であった。それを『内面の促し』と呼ぼう。人はそのためにすべてを犠牲にすることができるようになる。意志と孤独とがその時生まれるのである。」
《祈り》主よ、信仰の旅路を歩むとき、頼りにするのはあなたの言葉です。あなたの言葉に促され、あなたの導きにしたがって、約束に地へと行かせてください。
牧師 和田一郎
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