抱え続けたパウロの傷
「私は、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中では最も小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって、今の私があるのです。」 (コリントの信徒への手紙一15章9-10節)
ある米国兵は心に傷を負ってしまった。「実は私がテロリストだったのか?」と。 彼はイラク戦争で、イラクの正常化を目的として派兵されました。ところが正常化どころかイラク国内の治安は悪化し、自軍の銃撃によって抵抗する力のない老婆や子ども達が死んでいくのを目の当たりにしたのです。 派兵された兵士は「実は私がテロリストなのか?」という疑問をもち、帰国してPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。その後、かつて派兵前に駐屯した沖縄に行き、基地建設の反対運動の抗議デモに加わっていました。「救済者が、実は加害者だった」という思いが平和活動へと彼を動かし、かつて銃を手にしていた場所で「命を守る」ために声を上げるようになったのです。 使徒パウロも、ステファノが石で打ち殺されるとき、その場に立ち会っていました。彼は殺害に賛同し、殺害者たちの上着を預かっていました(使徒7:58)。それは「信仰を守る」ための彼の正義でしたが、その時の光景は彼の心の「棘(とげ)」となりました。神のためと信じていた行為が、実は罪であった。 パウロは「ダマスコ途上の回心」で内的崩壊を経験します。彼は倒れ、目が見えなくなる。外の光を失ったとき、初めて自分の闇を見つめたのです。回心したパウロは、その後も自分自身の罪の記憶を抱えたまま、生涯を生き抜きました。彼の手紙には、常に「弱さ」と「恵み」という言葉が流れています。 かつての「実は私は加害者だったのか」という傷は、他者の痛みを理解し共に涙を流す力へと変えられていったのです。「弱さこそ恵みが輝く場所」だと悟っていきました。その「弱さ」は隠すものではなく「恵み」を語る力となり、他者の痛みに寄り添う糧となりました。抱えた傷が「真の信仰を育てる人」へと変えられていったのではないでしょうか。
《祈り》神さま、私はかつて罪人でした。私たちの弱さや痛みも、他者の悲しみに寄り添うための力へと変えられますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
ある米国兵は心に傷を負ってしまった。「実は私がテロリストだったのか?」と。 彼はイラク戦争で、イラクの正常化を目的として派兵されました。ところが正常化どころかイラク国内の治安は悪化し、自軍の銃撃によって抵抗する力のない老婆や子ども達が死んでいくのを目の当たりにしたのです。 派兵された兵士は「実は私がテロリストなのか?」という疑問をもち、帰国してPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。その後、かつて派兵前に駐屯した沖縄に行き、基地建設の反対運動の抗議デモに加わっていました。「救済者が、実は加害者だった」という思いが平和活動へと彼を動かし、かつて銃を手にしていた場所で「命を守る」ために声を上げるようになったのです。 使徒パウロも、ステファノが石で打ち殺されるとき、その場に立ち会っていました。彼は殺害に賛同し、殺害者たちの上着を預かっていました(使徒7:58)。それは「信仰を守る」ための彼の正義でしたが、その時の光景は彼の心の「棘(とげ)」となりました。神のためと信じていた行為が、実は罪であった。 パウロは「ダマスコ途上の回心」で内的崩壊を経験します。彼は倒れ、目が見えなくなる。外の光を失ったとき、初めて自分の闇を見つめたのです。回心したパウロは、その後も自分自身の罪の記憶を抱えたまま、生涯を生き抜きました。彼の手紙には、常に「弱さ」と「恵み」という言葉が流れています。 かつての「実は私は加害者だったのか」という傷は、他者の痛みを理解し共に涙を流す力へと変えられていったのです。「弱さこそ恵みが輝く場所」だと悟っていきました。その「弱さ」は隠すものではなく「恵み」を語る力となり、他者の痛みに寄り添う糧となりました。抱えた傷が「真の信仰を育てる人」へと変えられていったのではないでしょうか。
《祈り》神さま、私はかつて罪人でした。私たちの弱さや痛みも、他者の悲しみに寄り添うための力へと変えられますように。
牧師 和田一郎
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