「主がしてくださること」と「私がすること」

「私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人が私につながっており、私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。私を離れては、あなたがたは何もできないからである。…これらのことを話したのは、私の喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。」(ヨハネ15:5、11)
 新年、あけましておめでとうございます。今年は高座教会にとっては大きな変化の年となります。私は、3月末をもって牧師としての働きのバトンを和田先生と宮井先生にお渡しし、今までお仕えし、お世話になった高座教会を徳子と共に離れることになります。そのような意味で、残されたこの3か月は、私たちにとってとてもかけがえのない時間となることだと思います。 ところで、新年を迎えると、私はよくペトロのことを思い出します。 主の予告どおりペトロは、十字架に向かう主を見捨てて逃げてしまいました。しかし主は、そうしたペトロを見捨てず、最後まで愛し通され、昇天後は聖霊に彼を委ね、ご自身に似たペトロへと育てあげられたのです。 主は、あなたに対しても、必ず実を結ぶようになると約束されました。そのためにあなたの側ですべきことがあります。それが、ぶどうの木である主イエス・キリストにつながり続けるということです。 今年の教会の主題聖句は「私たちには主が共におられます」(民数記14:9)ですが、あなたの側で大切にすることは「共におられる主につながること」です。それに対して主がしてくださることが、「実を結ばせる」ことなのです。 「私たちには主が共におられ」るわけですから、主イエスの「喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるため」にも、ぶどうの木である主に「つながること」を大切にしていきたいものです。そのために今年も「日々のみことば」が用いられることを祈ります。
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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