あなたにとって「とうごまの木」とは?

「主は言われた。『あなたは自分で労することも育てることもせず、ただ一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまをさえ惜しんでいる。それならば、どうして私が、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、右も左もわきまえない十二万以上の人間と、おびただしい数の家畜がいるのだから。』」(ヨナ4:10−11)
 ある牧師がヨナのことを「すねた預言者」と呼んでいましたが、まさに預言者ヨナの姿は、思い通りにならずにすねる幼子のようです。 それに対して神さまは、子どもをなだめるように、一所懸命にヨナを諭し、信仰のチャレンジをしておられるのです。 神さまの憐れみが、当時の敵国ニネベの民を救ったことを喜べずに、「木陰」という自らの小さな世界がなくなってしまうことを大げさなほどに悲しんでいるヨナに対して、語られた言葉が今日の聖句です。 ところで詩編22編に、メシアを「虫」に譬えた言葉が出て来るのですが、ある注解者は、その詩編とヨナ書に出てくる、とうごまの木を枯らした「虫」とを関連付けて次のように書いていました。 「神はカルバリの丘で小さな虫を通して、大きな世界を見せようとしておられる。イエス・キリストという虫なしには、私たちは大きな世界を見ることができないであろう。十字架を通して神の偉大さを見、大きな世界を見ることなしに」。 私はヨナのように、「とうごまの木」にしがみ付いていないだろうかと思わされました。時に神さまは、もっと大きな世界を経験させるために「虫」を遣わされるお方です。 あなたにとっての「とうごまの木」とは何でしょう?もっと大きな世界を見るために、それは邪魔になっていませんか?
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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