生きるべきか、死ぬべきか
フィリピの信徒への手紙1章21節 「私にとって、生きることはキリストであり、死ぬことは益なのです」
生きるべきか、死ぬべきか。どちらも良さそうだと使徒パウロは言います。 ところで、死んだ人が生き返ることなどあり得るのでしょうか?「キリストが復活したといいますが、それは霊のようなものでしょ?」と普通の人は思うのです。 復活したイエス・キリストに出会ったことは、パウロにとって衝撃でした。それはパウロの人生に影響を与えました。キリストが復活したということは、死に打ち勝った勝利者ということなのです。聖書の物語がキリストの十字架の死で終わっていたならば、まさしく死んだらおしまい、そこまでです。イエス様の存在は歴史から消えてしまっていたことでしょう。しかし、復活という出来事が十字架の死を、完成された救いであることを証明したのです。 そして、わたしたちが死によって無になったり、別のものに変わったりしないわけですから、今の生き方に応じて復活した状態も変わるのです。復活するという信仰をもって、今を一生懸命に生きていく、それをパウロは「生きることはキリストであり、死ぬことは益なのです」と言うのです。
《祈り》神様、復活の命を有難うございます。生きる喜びに感謝いたします。私たちは目に見えるものより、見えないものに価値があると信じます。その価値は生きていても死んでいても変わりません。あなたは人の心に永遠を与えられました。ありがとうございます。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名:高座教会 連絡先:info@koza-church.jp 住所:大和市南林間2−14−1
生きるべきか、死ぬべきか。どちらも良さそうだと使徒パウロは言います。 ところで、死んだ人が生き返ることなどあり得るのでしょうか?「キリストが復活したといいますが、それは霊のようなものでしょ?」と普通の人は思うのです。 復活したイエス・キリストに出会ったことは、パウロにとって衝撃でした。それはパウロの人生に影響を与えました。キリストが復活したということは、死に打ち勝った勝利者ということなのです。聖書の物語がキリストの十字架の死で終わっていたならば、まさしく死んだらおしまい、そこまでです。イエス様の存在は歴史から消えてしまっていたことでしょう。しかし、復活という出来事が十字架の死を、完成された救いであることを証明したのです。 そして、わたしたちが死によって無になったり、別のものに変わったりしないわけですから、今の生き方に応じて復活した状態も変わるのです。復活するという信仰をもって、今を一生懸命に生きていく、それをパウロは「生きることはキリストであり、死ぬことは益なのです」と言うのです。
《祈り》神様、復活の命を有難うございます。生きる喜びに感謝いたします。私たちは目に見えるものより、見えないものに価値があると信じます。その価値は生きていても死んでいても変わりません。あなたは人の心に永遠を与えられました。ありがとうございます。
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