参加することに意義がある

ヘブライ人への手紙12章1-2節
「すべての重荷や絡みつく罪を捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか。信仰の導き手であり、完成者であるイエスを見つめながら、走りましょう。」
 人生は参加することに意義があります。神様が参加資格を与えてくださいました。 この競技は、速いペースで走ったり、ゆっくり歩いたり、遠回りしても近道を行っても構わない、コースもペースも自由です。近代オリンピックの創始者は、「オリンピックで重要なことは、勝つことではなく、参加することである」と言い、さらに「人生において大切なことは、成功することではなく、努力することである」と言いましたが、キリスト者が努力するということは、イエス様を模範として、イエスに似た者に近づいていくということでしょう。  オリンピックと言えば、新約聖書が書かれた紀元1世紀の時代には、古代オリンピックが始まっていましたから、使徒パウロも競技会に出場するアスリートのことを知っていました。使徒パウロは人生の終盤、レースの終わりを迎える時に「私は、闘いを立派に闘い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました」(テモテへの手紙二4:7)と言うことができるほど、与えられた人生を生き抜きました。今日という一日に用意された練習メニューを通して、今日の闘いを闘い抜き、走るべき道のりを走り、キリストに似たものになるための競技に参加していきましょう。
《祈り》神様、人生への参加資格を与えてくださり有難うございます。そして「今日」という競技会に参加することに意義があります。イエス様を見つめながら、走り抜くことができますようにしてください。
牧師 和田一郎
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