苦難の時の友

箴言17章17節 「友はどのような時でも愛してくれる。兄弟は苦難の時のために生まれる。」
 かつて私が会社務めをしている時に、ある親しい取引先の会社から、取引を中止したいと突然通達されました。同時に社内での人間関係がギクシャクしてしまい、どうにも歯車が合わないということが続きました。自分のどこかに問題があるのではないかと、心が揺れる日々でした。そのような時でも休みの日に野球のグランドに出ると、いつもと変わらない仲間がいて、大きな声を出してボールを追いかけていると自分を保つことができました。 私たちの前にはいつも困難があります。そのような時には家族や友人が必要ですね。人は一人では生きていけないからです。ところが友人だと思っていた人から裏切られるようなこともあります。そのような時、人間関係に自信がもてなくなって、自分自身を見失ってしまいます。しかし思うのです、自分がその人たちにとって真の友人だったのだろうかと? イエス様の弟子たちも、イエス様が自分に地位を与えてくれる人、自分のための先生だと思っていたように、私の友人や家族は自分のための友人、家族だったのではないかと考えさせられます。自己中心の自分が空回りしていたのではないかと思わされるのです。しかし、イエス様は「私の命じることを行うならば、あなたがたは私の友である。」(ヨハネ書15:14)と言われました。この私のために命を捨ててくださった方が、いつでも、どこでも変わらずに愛してくださいます。その方は、私が自分をみじめだと思っている時でも変わらぬ友です。友はどのような時でも愛してくださいます。
《祈り》イエス様、あなたは私の友となってくださいました、いつも変わらぬ真の友となって下さり、ありがとうございます。そして、この私も友人や家族にとって変わらない友となれますように。
牧師 和田一郎
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