それにもかかわらず

「しかし、私は言っておく。敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」 (マタイによる福音書5章44節)
 信仰があっても許せません。私はそんなに強くないからです。 イエスさまは、山上の説教で、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。自分に痛みを与える人を愛するとか、その人のために祈るというのは、それこそ大きな痛みです。しかし、それでも愛することをイエスさまは求めているのですね。 なぜなら、「父は、悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである」と。つまり、神さまの前ではどのような人でも平等なのです。神さまは、愛されるに値する「何か」を持っている人を愛するのではなくて、愛する側の神さまが、愛する性質を持っているから愛してくださるのです。神さまの愛は「だから」ではなく、「それにもかかわらず」の愛です。ですから私たちも、自分に冷たい仕打ちをする相手に「それにもかかわらず」と、神さまの愛にすがって祈りましょう。
《祈り》主よ、私は痛みを与える人を前にして怒りをおぼえます。許せなくて身体が震えます。私は弱くて許すことができないのです。ですから主よ、あなたが頼りです。あの人も、この私も、あなたの赦しの愛で包んでください。
牧師 和田一郎
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