フー子が残したもの

「キリストは 神の形でありながら 神と等しくあることに固執しようとは思わず かえって自分を無にして 僕(しもべ)の形をとり 人間と同じ者になられました。」 (フィリピの信徒への手紙2章6-7節)
 ドラえもんのエピソードの一つ「台風のフー子」は素敵な話です。のび太はドラえもんのひみつ道具「台風のたまご」で生まれた小さな台風に「フー子」と名前をつけました。フー子は最初はただの風のかたまりでしたが、のび太の愛情にこたえるように心を持ち、喜んだり悲しんだりするようになります。 フー子は元気に成長しますが、のび太の家の中の物を飛ばして壊してしまいます。町に出ると、強風で通行人の帽子を飛ばしたり、看板や植木を倒したりしてしまいます。周囲の人たちはフー子が成長したら大きな被害が出るのではないかと心配し、フー子を手放すよう、のび太に説得します。それでものび太は「あんなに一生懸命な子を見捨てられない」とフー子を守り続けます。そんなある日、日本に大型台風が接近し大きな被害が予想されました。するとフー子はその大型台風に立ち向かい、自分の力をすべて使って消滅してしまいます。フー子の中には、自分を育ててくれたのび太への愛と、「誰かを守りたい」という思いがありました。 イエスさまの愛は、何よりも「自分を無にして、僕(しもべ)の形をとった」という自己犠牲に表れています。この言葉は、神でありながら人となり、仕える者として生きたキリストの生涯を端的に表しています。「自分を無にする」。それは、まさに愛の本質です。自分の利益を求めず、他者のいのちと幸福のために自分を差し出す。その愛は、現代に生きる私たちにとっても深く問いかけてきます。 フー子が消えたあと、のび太は「フー子のことを思い出すんだ」と静かにつぶやきます。私たちも、十字架の上で自らを無にし、私たちのために尽くしきったイエスさまのことを、日々思い起こしながら生きていきたいのです。
《祈り》愛する主よ、あなたは自らを捨て、私たちのために尽くしてくださったことを感謝します。どうか私も、誰かのために心を注ぐ者となれますように。あなたの愛を思い起こし歩ませてください。
牧師 和田一郎
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