私たちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください

主の祈り⑦ (全8回)
 かつて神奈川県の中学2年生にはアチーブメントテスト(アテストと呼んでいた)がありました。そのテストで公立高校の進路がほぼ決まるといわれていました。「あなたは公立は無理ね」と担任の先生に言われて見返してやろうと思い、勉強好きの隣の家の叔父さんと一緒にがんばりました。あの担任の先生と隣の叔父さんには今でも深く感謝しています。「試験」、つまり試されるって嫌なことですが、それがあるからこそ成長できることもありますね。文字通りの試験ではなくても、私たちはある意味で今もテストされています。仕事や家庭でも、よい夫であるか妻であるか、よい隣人であるかなどです。信仰においても試みがあります。「あの人に傷つけられた、赦せない」と私たちは日々信仰の試みを受けています。  主の祈りでは「私たちを誘惑に遭わせず」はかつて「我らを試みにあわせず」と言っていました。原文では「誘惑」も「試み」も同じ言葉です。主の祈りは「誘惑(試み)に遭わせないで」ということを神さまに祈っています。神さまとの関係における「誘惑(試み)」です。「試み」とか「誘惑」によって私たちが陥るのは、悪いことをしてしまうことではなく、神さまから離れることです。悪いことをしなくても、心が神から離れ、神なしで生きていこうとする試み、誘惑に陥いります。ですから「悪より救い出したまえ」というのは、何か悪いことをしないように、という祈りではなくて「私たちを神から引き離そうとする誘惑から守ってください」ということです。「悪い者」は、悪人というよりも、神さまから自由になって、自分の思い通りに生きたらいいとささやく「悪魔(サタン)」のことです。  イエスさまにとって、もっとも厳しい試みは十字架でした。ゲッセマネの園で、誘惑に陥らないように「私の望むようにではなく、御心のままに」(マタイ26:39)と祈りました。ですからこの祈りは、イエスさまご自身の祈りでもあるのです。
《祈り》主よ、私たちの人生は試みに満ちていますから、あなたの支えが必要です。父よ、と呼ぶことができる、あなたの力が必要です。私たちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。
牧師 和田一郎
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