御心が行われますように
「御国が来ますように。御心が行われますように 天におけるように地の上にも。」 マタイによる福音書6章10節
映画「教皇選挙(コンクラーベ)」のオンライン配信が始まったので観ました。全世界で14億人以上の信徒を抱えるカトリック教会の最高指導者であるローマ教皇を選ぶ「教皇選挙(コンクラーベ)」を描いています。バチカン市国のシスティーナ礼拝堂に世界中から100人を超える枢機卿たちが集まり、閉ざされた扉の向こうで極秘の投票が行われます。そこでは票が割れ、水面下で陰謀、差別、スキャンダルが繰り広げられるのです。 物語の中心にいるのは、選挙を執り仕切るローレンス枢機卿です。彼は、強すぎる「確信」は人と人とを分断し、神の御心を見失わせる危険があると語ります。自分の考えこそ正しいと思い込み、他者を裁くとき、信仰は権力闘争へとすり替わってしまうのです。ローレンスは「疑う心」を持つことの大切さを示し、それは信仰を否定することではなく、むしろ神の御心を探し求めるための謙遜な態度だと語ります。 「主の祈り」は「御心が行われますように」と祈ることを私たちに教えています。神の導きに従うためには、自らの欲望や立場への執着を手放し、静かに神の声に耳を傾けることが求められます。ローレンス枢機卿が直面した「権力」という誘惑は、私たちの日常にも潜んでいます。職場、家庭、教会、社会において、自分の正しさを押し通そうとする心は、しばしば人との断絶を生みます。 大切なのは、「自分の考え」よりも「神が何を望んでおられるか」を問い続ける姿勢です。信仰は、答えを急ぐことではなく、神と共に歩む中で御心を探し求めることです。「疑う心」とは、不信仰ではなく、むしろ神への真摯な信頼の現れなのです。
《祈り》主よ、私の確信よりも、あなたの御心を求める者にしてください。私たちもまた、決断の場に立つとき、この祈りを心に刻むことができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
映画「教皇選挙(コンクラーベ)」のオンライン配信が始まったので観ました。全世界で14億人以上の信徒を抱えるカトリック教会の最高指導者であるローマ教皇を選ぶ「教皇選挙(コンクラーベ)」を描いています。バチカン市国のシスティーナ礼拝堂に世界中から100人を超える枢機卿たちが集まり、閉ざされた扉の向こうで極秘の投票が行われます。そこでは票が割れ、水面下で陰謀、差別、スキャンダルが繰り広げられるのです。 物語の中心にいるのは、選挙を執り仕切るローレンス枢機卿です。彼は、強すぎる「確信」は人と人とを分断し、神の御心を見失わせる危険があると語ります。自分の考えこそ正しいと思い込み、他者を裁くとき、信仰は権力闘争へとすり替わってしまうのです。ローレンスは「疑う心」を持つことの大切さを示し、それは信仰を否定することではなく、むしろ神の御心を探し求めるための謙遜な態度だと語ります。 「主の祈り」は「御心が行われますように」と祈ることを私たちに教えています。神の導きに従うためには、自らの欲望や立場への執着を手放し、静かに神の声に耳を傾けることが求められます。ローレンス枢機卿が直面した「権力」という誘惑は、私たちの日常にも潜んでいます。職場、家庭、教会、社会において、自分の正しさを押し通そうとする心は、しばしば人との断絶を生みます。 大切なのは、「自分の考え」よりも「神が何を望んでおられるか」を問い続ける姿勢です。信仰は、答えを急ぐことではなく、神と共に歩む中で御心を探し求めることです。「疑う心」とは、不信仰ではなく、むしろ神への真摯な信頼の現れなのです。
《祈り》主よ、私の確信よりも、あなたの御心を求める者にしてください。私たちもまた、決断の場に立つとき、この祈りを心に刻むことができますように。
牧師 和田一郎
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