「見えない未来へ」 アブラハムの生涯①
「あなたは生まれた地と親族、父の家を離れ 私が示す地に行きなさい。」 (創世記12章1節)
世の中には、地図を頼りに全体像を把握して動く「地図愛好家」と、感覚や経験を頼りに進む「地図不要派」がいます。地図愛好家は、地図を見て世界全体を上から見渡すように把握することが好きです。「そのほうが安心できるから」というわけです。一方、地図不要派は、全体像を知る必要はありません。必要なのは、目の前の道や場所、周囲の関係だけです。「そのほうが簡単でしょ」と考えるのです。 ぱっと見たところでは、地図愛好家の方が理知的で、かっこよく見えるかもしれません。ですが、実は地図愛好家のほうが山で遭難した時、まず先に困ってしまうでしょう。なぜなら、地図を見て自分の位置がわからなくなるとパニックに陥りやすいからです。その点、地図不要派はたくましいのです。彼らは自分とすぐ近くの周囲との関係だけを頼りに自分の位置を見つけ、その関係性を少しずつ広げながら全体像を作り上げていくことができるからです。 それはジグソーパズルを完成図なしで組み立てるのに似ています。ピースとピースのつながりを見つけながら、一つずつはめ込んでいくと、やがて全体像が自然と現れてくる。つまり、すべての全体図を最初から知らなければ不安になる地図愛好家よりも、関係性を重視する地図不要派の方が生き抜く力が強いといえるのです。 聖書に登場するアブラム(のちのアブラハム)も、まさにそのような歩みをしました。神はアブラムに「生まれた地と親族、父の家を離れ 私が示す地に行きなさい」と語られ、行き先は示されていませんでした。彼に求められたのは、全体の地図を持たないまま、ただ神を信頼して一歩を踏み出す信仰でした。神はアブラムに大きな約束を与えられました。「私はあなたを大いなる国民とし、祝福し あなたの名を大いなるものとする」(創12:2)。神は新しい未来を約束されたのです。 私たちの人生もまた、完全な地図が与えられていない中で、神に導かれながら歩む旅です。見えない未来に不安を覚えるときもありますが、信仰とは、すべてを見通してから従うことではなく、神の約束を信じて一歩を踏み出すことなのです。全体図が見えなくても、神に信頼して歩むとき、祝福の道が開かれていくのです。
《祈り》天の神さま、この先いったいどうなるのだろう・・・。私には先が見えない不安があります。しかし、先行きよりも、いま共にいてくださるあなたを見つめて、小さな信仰ですが、あなたに信頼することができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
世の中には、地図を頼りに全体像を把握して動く「地図愛好家」と、感覚や経験を頼りに進む「地図不要派」がいます。地図愛好家は、地図を見て世界全体を上から見渡すように把握することが好きです。「そのほうが安心できるから」というわけです。一方、地図不要派は、全体像を知る必要はありません。必要なのは、目の前の道や場所、周囲の関係だけです。「そのほうが簡単でしょ」と考えるのです。 ぱっと見たところでは、地図愛好家の方が理知的で、かっこよく見えるかもしれません。ですが、実は地図愛好家のほうが山で遭難した時、まず先に困ってしまうでしょう。なぜなら、地図を見て自分の位置がわからなくなるとパニックに陥りやすいからです。その点、地図不要派はたくましいのです。彼らは自分とすぐ近くの周囲との関係だけを頼りに自分の位置を見つけ、その関係性を少しずつ広げながら全体像を作り上げていくことができるからです。 それはジグソーパズルを完成図なしで組み立てるのに似ています。ピースとピースのつながりを見つけながら、一つずつはめ込んでいくと、やがて全体像が自然と現れてくる。つまり、すべての全体図を最初から知らなければ不安になる地図愛好家よりも、関係性を重視する地図不要派の方が生き抜く力が強いといえるのです。 聖書に登場するアブラム(のちのアブラハム)も、まさにそのような歩みをしました。神はアブラムに「生まれた地と親族、父の家を離れ 私が示す地に行きなさい」と語られ、行き先は示されていませんでした。彼に求められたのは、全体の地図を持たないまま、ただ神を信頼して一歩を踏み出す信仰でした。神はアブラムに大きな約束を与えられました。「私はあなたを大いなる国民とし、祝福し あなたの名を大いなるものとする」(創12:2)。神は新しい未来を約束されたのです。 私たちの人生もまた、完全な地図が与えられていない中で、神に導かれながら歩む旅です。見えない未来に不安を覚えるときもありますが、信仰とは、すべてを見通してから従うことではなく、神の約束を信じて一歩を踏み出すことなのです。全体図が見えなくても、神に信頼して歩むとき、祝福の道が開かれていくのです。
《祈り》天の神さま、この先いったいどうなるのだろう・・・。私には先が見えない不安があります。しかし、先行きよりも、いま共にいてくださるあなたを見つめて、小さな信仰ですが、あなたに信頼することができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

