伊勢うどんから学ぶ

「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考えなさい。めいめい、自分のことだけではなく、他人のことにも注意を払いなさい。」 (フィリピの信徒への手紙2章3-4節)
 妻の実家の三重県に行ったときに、足を延ばして伊勢に行ったのですが、門前町の“おかげ横丁"で食べた「伊勢うどん」に驚かされました。コシがない、けれど素晴らしく美味しい。それまで私は「うどんはコシがすべて」と信じていました。 伊勢うどんは、太くてふわふわ柔らかい麺と、真っ黒で濃厚な甘辛いタレ。三重県内ではスーパーでも売っているのですが、専門店となると、ほぼ伊勢市に集中している、まったくのローカルグルメです。伊勢うどんを紹介する本に「伊勢うどんから学ぶこと」とありました。 「伊勢うどんは、それまでの自分の常識「うどんはコシ」といった固定観念が、いかにアテにならないかということを思い知らせてくれる。そこから「人生も世の中も、正解はひとつではないと気づくことができる。コシのあるうどんも、コシのないうどんも、それぞれの美味しさがあり、それぞれの存在価値がある。 伊勢うどんは、麺とタレとネギというシンプルなスタイルで完成されていて、アレンジの効きすぎる昨今のうどんとは一線を画している。人はつい自分を飾りたくなったり、飾られたものに惹かれたりしますが、伊勢うどんは、そんな人間の虚栄心を戒めてくれる」と。なるほど、学ぶ姿勢があれば、食べ物からでも学ぶことができるものなのですね。 使徒パウロは偉大な神学者でもありますが、謙遜な姿勢を貫きました。それは、ただの道徳的な教えではなく、キリストに結ばれた者の生き方を示すものです。「互いに相手を自分よりも優れた者と考える」という姿勢は、自分の「コシ」を誇るのではなく、相手を敬い柔らかく生きることですね。固定観念や虚栄心を脱ぎ捨てる時、人は本当に他者を尊び、神に従う、豊かな関係を築くことができます。日常の身近なことからも学んでいきましょう。
《祈り》私たちは、飾られたものに惹かれ、虚栄心に振り回されてしまいます。どうか日常の小さな出来事を通して、私たちに深い教えを示し、シンプルに、誠実に、あなたに従う歩みへと導いてください。
牧師 和田一郎
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