名前を知り、名前を呼ぶ

「あなたを形づくられた方 主は今こう言われる。恐れるな。私があなたを贖った。私はあなたの名を呼んだ。あなたは私のもの。」 (イザヤ書43章1節)
 ヘレン・ケラーは、森の散歩から戻った友人に「何を見てきたの?」と尋ねました。友人が「特に何も」と答えると彼女は驚き、つぶやきました。「目の見えない私でさえ、木の葉の優美さ、樹皮のなめらかさに気づくのに・・・」。「見る」といっても単に眺めることではなくて、ヘレン・ケラーは五感を使って自然に触れることを言ったのでしょう。 自然との関係を豊かにする。その第一歩は「名前を知る」ことです。名を知るということは、その存在を尊重し、心に迎え入れること。ミズキ、シラカバ、マツなど、ただの木や葉ではなく、それぞれ神さまが造られた個性をもつ被造物との出会いとなり、そのとき、自然は単なる風景ではなく、語りかけてくる友人になります。 動物もそうですし、人と人との間でも同じです。名前を呼び、名前で呼ばれることで、距離が縮まり、心が触れ合います。「あなた」と呼ばれるよりも、「○○さん」と呼ばれると、そこには温もりが宿ります。 主なる神さまは、私たちをただ大勢の中の一人としてではなく、ひとり一人の名前で呼ばれます。名前を呼ぶとは、その人を気にかけ、見つめ、価値ある存在として受け止めているというメッセージです。周りの人に知られなくても、理解されなくても、神は私の名前を呼び、私を覚えて語られます。 「恐れるな。私があなたを贖った。私はあなたの名を呼んだ。あなたは私のもの。」 私たちの生きる世界は、神が「極めて良い」と言われた世界です。ですから樹木も動物も、そして私の存在もまた、神が名前で呼ぶほどに大切な存在なのです。
《祈り》神さま、「今の社会は騒がしい」そのように感じます。世の中の大きな声にかき消されて、自分を見失う時があります。庭先の花に「名前」で呼びかけたとき、何かに気づかされたように思いました。あなたが造られた、尊い命の存在に感謝します。
牧師 和田一郎
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