みんなのお母さん

「よく言っておく。この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである。」 (マタイによる福音書25章40節)
 目立つ行為でもなく、大きな賞賛でもなく、一人の小さい者に注いだ愛をイエスさまは「私にしたのである」とおっしゃいました。平凡な私がしていることでも、イエスさまは受け止めてくださるのだなと思いました。 韓国・木浦(モッポ)の共生園。電気もガスもない粗末なバラックで震える孤児たち。そこで平凡に生きた一人の女性、田内千鶴子(1912年-1968年)さんは、ただ「お母さん」として生きました。千鶴子さんは7歳のとき、父の仕事で高知から韓国の木浦市に引っ越します。 ところが17歳のときに父親は病死。助産婦をする母の稼ぎで女学校を卒業しますが恩師に頼まれ、キリスト教伝道師の韓国人・尹致浩(ユンチホ)さんが幼い孤児たちと暮らす「共生園」へ赴きます。食事のあいさつや、顔を洗うことを教え、死んでいく子に寄り添い、ひと晩抱いて眠ったといいます。リンゴを口でかみ砕き病気の子に食べさせた姿を子どもたちは忘れませんでした。「この女性はきっと神様の贈りものだ」と園長であり夫となる尹(ユン)氏は、日本人の妻をしたことで迫害されました。戦後の混乱や侵略した日本人への恨みがありましたが、千鶴子さんは韓国を去りませんでした。彼女は、ただ目の前の「最も小さい者の一人」のために。韓国語を覚え、チマチョゴリを着て、「尹鶴子」と名乗り、3000人もの孤児を守り育てました。 葬儀は市民葬とされ、3万人もの人が参列したそうです。彼女自身は静かで口数の少ない、普通の女性。だからこそ韓国市民はそこに「神の愛」を見たのでしょう。最も小さい者に寄り添う時、そこにキリストがおられるという言葉を、声ではなく生き方を通して語り続けた人でした。
《祈り》主よ、あなたが私たちにしてくださったように、目の前の一人に心を向けることができますように。大きな言葉や立派な働きではなくても、そばにいる人の痛みに気づく心、小さき者と共に涙を流し、共に笑う心を与えてください。
牧師 和田一郎
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