栄冠をだれにも奪われないように

「私はすぐに来る。あなたの冠を誰にも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。」(ヨハネ黙示録3:11)
 しばらく前の礼拝で、「十人のおとめの譬え話」から説教しました。覚えておられますか? この譬えを読む時に、いつも思うことは、賢いおとめたちは何で油を分けてやらなかったのだろうかということです。このことについてある牧師がこんなコメントをしておられました。
“「賢い」おとめたちが、なぜ、「油」をわけてやろうとしなかったのか、いざという時こそ乏しいものでもわけあって当面の危機を脱するのが「仲間」というものではないか、知恵というものではないか、と。「賢い」ということはかくも冷たいことなのか、と。しかし、神ご自身が引かれる「一線」というものがあるのであろう。神の救いの輪郭というものはぼんやりとした不透明なものではない。天と地とは隔絶しており生と死も境界は明確であり罪に対する神の赦しの一線も鮮明なものであろう。神を信ずるということと信じないということにも画然とした違いがあろう。われわれ人間がその「一線」を引く権利など毛頭にないが、神にあっては、その「一線」は明確確実であろう。人間の側に確信もなくあやふやであっても、信仰など自分にはないなどと弱気になっても、神ご自身が「あなたを愛し信じている」と言われる時には、断乎とした一線が引かれ「信仰ある者」とさせていただいており、「赦されており」「救われている」。この栄冠をだれにも奪われてはならない、また、誰も奪いえないであろう。"(鈴木和男著、『あなたもお読みでしたか』)
 今朝の聖句は黙示録に出てくるキリストの言葉です。神さまが引いてくださった「一線」によって、私たちは信仰ある者とされ、赦され、救われています。この尊い恵みの栄冠をだれにも奪われないようにしたいものです。
いってらっしゃい。
牧師 松本雅弘
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