聖書は聖霊によって

「フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。宦官は、『手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう』と言い、馬車に乗って一緒に座るように、フィリポに頼んだ。」 (使徒言行録8章30-31節)
 聖書は神の霊によって生み出されたものですから、「聖書は神のことばである」というのが私たちの信仰です。この宦官(かんがん)はエチオピア(現スーダン)から、旅してやって来ました。エルサレムの神殿で礼拝をしようと思ったのです。しかし、彼はユダヤ人ではない外国人、異邦人です。ですからユダヤ人のように神殿で礼拝ができなかったのです。そこで旧約聖書のひとつ『イザヤ書』を手に入れて国に帰るところでした。しかし、文字を読めても旧約聖書を理解することは難しかったでしょう。ですからフィリポのような導く人が必要でした。彼が読んでいた「イザヤ書」には異邦人も宦官も、神の民になれると預言されています。フィリポの説き明かしを聞いたエチオピアの宦官は、その神を信じて信仰をもつことになります。『聖書』は解き明かされることによって「神のことば」が輝きを増して人の心を動かしたのです。  フィリポのように、聖書を解き明かす人も、聖書を理解しようとする人も「神の霊感」、つまり聖霊を受けなければ理解できません。なぜならば、聖書そのものが聖霊によって生まれたからです。 「聖書はすべて神の霊感を受けて書かれたもので、人を教え、戒め、矯正し、義に基づいて訓練するために有益です。」(2テモテへの手紙3:16 ) 目を閉じて、リラックスして聖霊を受け入れてみてください。すると聖書の言葉を「神のことば」として正しく理解し、喜びと恵みのメッセージとして受け取れるでしょう。
《祈り》主よ、いま私は心を開きます。あなたがくださる聖霊の力で私を満たしてください。聖書を開く時、他の誰でもなく、この「私」へのメッセージを聞くことができますように。
牧師 和田一郎
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/