天におられる私たちの父よ

主の祈り① (全8回)
ここに一人っ子はいない、神は「私たち」の父だから。 旧約聖書では神を「父」と記している箇所はわずかに3カ所です。しかし、イエスさまは山上の説教だけでも、17回も「父」と呼んでいます。父と呼ぶイエスさまは独特だったのです。十字架につけられた理由の一つも、「神を自分の父であると言い、自分を神と等しい者とされたからである」(ヨハネ書5:18)と記されています。しかも、イエスさまはいつも「アッバ、父よ」と祈っていたのですが、この言葉は「パパ」とか「おとうちゃん」といったニュアンスなので、聖なる神をそのように親しく呼びかけることは、当時の人々に「神を父と呼んでいいんだ!」と驚きを与えた祈り方だったのです。 そして、『主の祈り』では「私たちの」と呼びかけるのですね。「私の父」ではなくて「私たちの父」です。信仰とは個人的なものです。私の信仰であり、あなたの信仰です。一人で静かな所で祈ることも大切です。しかし、私たちが神さまの側から考えた時、私は神さまの前に一人ではないことに気づかされます。私は自分の願いごとを祈っている時、「あなただけの問題ですか?」と問われることがあります。私だけで良いのか?私だけ良ければいいのか?という思いが湧きおこる時、「私たちの父よ」と『主の祈り』を祈ることで「自分だけ」という独善的な思いが追い出されます。
「あなたがたは・・・子としてくださる霊を受けたのです。この霊によって私たちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです。」(ローマの信徒への手紙8章15節)
《祈り》神さま、私が祈る時いつも「主よ、父よ」と呼びかけます。しかし、イエスさまが教えてくださった『主の祈り』を祈る時、「私たちの父よ」と兄弟姉妹がいることを気づかされます。我らの父よ、祈ることのできない誰かのためにも、あなたに祈ります。
【主の祈り】 天におられる私たちの父よ、御名が崇められますように。 御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。私たちに必要な糧を今日も与えてください。私たちの罪を赦してください、私たちも自分に負い目のある人を皆赦しますから。私たちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください。 国も力も栄光も 永遠に主よ、あなたのものです。アーメン。     (カンバーランド長老キリスト教会礼拝書)
牧師 和田一郎
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