天は自ら助くるものを助くのか?
「私を離れては、あなたがたは何もできないからである。」 (ヨハネによる福音書15章5節)
「天は自ら助くるものを助く」という言葉があります。天は他人の助けを借りずに自分自身で努力する者に力を貸してくれるという意味です。誰かの力でどうにかしようとする人にいいことは訪れない。自分自身でチャンスを掴もうとする努力が大切だという意味です。つまり、自己責任ということでしょう。一見して「聖書の言葉?」のように見えます。「天は」と神さまのことを語っているように聞こえるからです。しかし、これは古くからヨーロッパで伝わる諺(ことわざ)の一つで、聖書を反映した言葉ではありません。古くはベンジャミン・フランクリンの書にもあるそうですから、アメリカやヨーロッパで浸透してきた考え方のようです。自己責任という言葉は、現代の日本でもよく耳にするようになりました。自分の責任を自分で負うことは社会人として大切なことですが、その人の現在の境遇についてすべて「自己責任」とする考え方には疑問を感じます。今生活に困っている人がいたとして、それはすべてその人の責任とは言い切れないからです。自分や家族に病気があったのかもしれません。真面目にコツコツ働いているにもかかわらず苦しい生活をしている方々の現実もあるのです。聖書には、「すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(マタイ書11:28)と呼びかけています。そもそも人間の人生を、自分だけで背負うのは重すぎるのです。自分が産まれる時も、死にゆく時も自分では決められないのですから、人生全体に責任を負うなどできなくて当然です。 「誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる。」(マタイ福音書7:8)。聖書は、責任を一人で担おうとしないで神の力、隣人の力を頼りなさいと教えています。
《祈り》神さま、私たちの周りには、自己責任という言葉が溢れています。しかし、今の境遇を一人で負うのは荷が重すぎます。できないものはできません。主よ、あなたを離れては何もできない私です。どうぞあなたの力を頼りとさせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「天は自ら助くるものを助く」という言葉があります。天は他人の助けを借りずに自分自身で努力する者に力を貸してくれるという意味です。誰かの力でどうにかしようとする人にいいことは訪れない。自分自身でチャンスを掴もうとする努力が大切だという意味です。つまり、自己責任ということでしょう。一見して「聖書の言葉?」のように見えます。「天は」と神さまのことを語っているように聞こえるからです。しかし、これは古くからヨーロッパで伝わる諺(ことわざ)の一つで、聖書を反映した言葉ではありません。古くはベンジャミン・フランクリンの書にもあるそうですから、アメリカやヨーロッパで浸透してきた考え方のようです。自己責任という言葉は、現代の日本でもよく耳にするようになりました。自分の責任を自分で負うことは社会人として大切なことですが、その人の現在の境遇についてすべて「自己責任」とする考え方には疑問を感じます。今生活に困っている人がいたとして、それはすべてその人の責任とは言い切れないからです。自分や家族に病気があったのかもしれません。真面目にコツコツ働いているにもかかわらず苦しい生活をしている方々の現実もあるのです。聖書には、「すべて重荷を負って苦労している者は、私のもとに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう。」(マタイ書11:28)と呼びかけています。そもそも人間の人生を、自分だけで背負うのは重すぎるのです。自分が産まれる時も、死にゆく時も自分では決められないのですから、人生全体に責任を負うなどできなくて当然です。 「誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる。」(マタイ福音書7:8)。聖書は、責任を一人で担おうとしないで神の力、隣人の力を頼りなさいと教えています。
《祈り》神さま、私たちの周りには、自己責任という言葉が溢れています。しかし、今の境遇を一人で負うのは荷が重すぎます。できないものはできません。主よ、あなたを離れては何もできない私です。どうぞあなたの力を頼りとさせてください。
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