空の空
「コヘレトは言う。空(くう)の空 空の空、一切は空である。太陽の下、なされるあらゆる労苦は 人に何の益をもたらすのか。一代が過ぎ、また一代が興る。地はとこしえに変わらない。」 (コヘレトの言葉1章2-4節)
とんちで有名な一休(いっきゅう)和尚が作った歌があります。「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という歌です。その意味は、門松はお正月に飾るものですが、正月が来るたびに年をとり死へ近づくことになるのだから、言いかえてみると、門松というのは、死に向かう道の途中の目じるしのようなもの。人は誰もが必ず死ぬのだし、それが今日かもしれない。生きるということと死ぬことは表裏一体ですから、もし今日死んだとしても悔いのないように、今を精一杯生きよう。そんなメッセージとしても受け取れるのではないでしょうか。 旧約聖書コヘレトの言葉は「空の空 空の空、一切は空である。」と、人の世の虚しさを語り、読む者はその知恵の言葉に惹かれていきます。共感しながら読み進むうちに、虚しさの原因が、神抜きの生き方あったと気づき、神無しの虚しい人生観を捨てて、神を恐れて生きる者になろうという結論に導かれるのです。そこで一人の牧者との出会いが語られます。
「集められた言葉は一人の牧者から与えられた。」(12:11)
「牧者」つまりイエス・キリストに出会い、神を知るとき、すべては180度向きが変わります。人生が意味あるものとなり、意味あるがゆえに、ありふれた日常が、いとおしく喜ばしいものとなるのです。天地万物を造られ、今も生ける神を思う時、今日という一日が意味ある一日として輝くのです。
《祈り》私の神よ、私が人生を投げ出しても、あなたは私を投げ出さないでください。 私が人生に落胆しても、あなたは私に落胆しないでください。私が人生に意味を見いだせなくても、あなただけが私の人生に意味を与えてくださいます。あなたが私の牧者です。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
とんちで有名な一休(いっきゅう)和尚が作った歌があります。「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という歌です。その意味は、門松はお正月に飾るものですが、正月が来るたびに年をとり死へ近づくことになるのだから、言いかえてみると、門松というのは、死に向かう道の途中の目じるしのようなもの。人は誰もが必ず死ぬのだし、それが今日かもしれない。生きるということと死ぬことは表裏一体ですから、もし今日死んだとしても悔いのないように、今を精一杯生きよう。そんなメッセージとしても受け取れるのではないでしょうか。 旧約聖書コヘレトの言葉は「空の空 空の空、一切は空である。」と、人の世の虚しさを語り、読む者はその知恵の言葉に惹かれていきます。共感しながら読み進むうちに、虚しさの原因が、神抜きの生き方あったと気づき、神無しの虚しい人生観を捨てて、神を恐れて生きる者になろうという結論に導かれるのです。そこで一人の牧者との出会いが語られます。
「集められた言葉は一人の牧者から与えられた。」(12:11)
「牧者」つまりイエス・キリストに出会い、神を知るとき、すべては180度向きが変わります。人生が意味あるものとなり、意味あるがゆえに、ありふれた日常が、いとおしく喜ばしいものとなるのです。天地万物を造られ、今も生ける神を思う時、今日という一日が意味ある一日として輝くのです。
《祈り》私の神よ、私が人生を投げ出しても、あなたは私を投げ出さないでください。 私が人生に落胆しても、あなたは私に落胆しないでください。私が人生に意味を見いだせなくても、あなただけが私の人生に意味を与えてくださいます。あなたが私の牧者です。
牧師 和田一郎
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