むずかしいことをやさしく

「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者のようにお教えになったからである。」 (マタイによる福音書7章28-29節)
 作家、井上ひさしさん(1934-2010年)は、日本語の名手といわれる人でした。彼はカトリック修道院の養護施設で過ごした経験があるそうです。神父さんの特別な計らいで入所し、神父さんの厚意で上智大学に進んだそうですが、その修道院の養護施設での生活が、作家になった井上さんに大きな影響を与えたそうです。井上ひさし自身は養護施設から県内屈指の進学校に通い、施設では恵まれない境遇の仲間と過ごしたのです。そんな井上ひさしがモットーにしていたことの一つが、誰にでも分かりやすい文章で伝えることだったそうです。 「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことをいっそうゆかいに書くこと。」 作家となって自宅の図書室を「遅筆堂(ちひつどう)」と名付け、司書をおいて資料を綿密に調べ尽くして難解なことをやさしく、やさしい話を深く書くことに徹したそうです。 イエスさまは、当時の律法学者のようにではなく、庶民にも分かりやすく神の国について話されました。律法学者は、ひたすら律法を守ることを指導し、律法を守らない者たちを厳しく裁いて人々の生活を苦しめていました。そうすることが自分たちの権威を守るこになったからです。彼らが厳しく守らせようとした律法は、罪の赦しや、罪からの解放といった、人間が本当に必要としているものを与えることができませんでした。律法は、あくまでも罪を認識させるためのもので、その解決策を示すものではなかったからです。 「山上の説教」で人々を驚かせたイエスさまの話は、誰にでもよく分かりました。神さまが自分たちを受け入れてくださり、自分たちの人生に必要不可欠であることを、理解しやすい言葉で話されたのです。人を恐れず、人に優しく、すべての人への救いを語られたイエスさまの言葉に人々は感動し、この方は権威ある方だと認めたのです。
《祈り》神さま、目には見えない神の国は、私たちにとって深く難解な存在です。聖書の話は難しいです。しかし、イエスさまは神の国はどのような所なのか、どのような人が神の国に入れるのか優しく教えてくださいました。そして、子どものような心で聞きなさいと教えてくださったとおり、ただ真っ直ぐにイエスさまを見つめて歩んでいきます。
牧師 和田一郎
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