パンの道のり(日本編)

「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。『取りなさい。これは私の体である。』」 (マルコによる福音書14章22節)
 ヨーロッパで主食として広がったパンは、キリスト教の布教と共に日本に伝わってきました。1543年 種子島に漂着したポルトガル人によって、鉄砲と共にもたらされたと言われています。「パン」という言葉は、いま何気なく使っていますが、もともとポルトガル語から来ているのです。 数年後、イエズス会のフランシスコ・ザビエルが日本へやってきて宣教活動をはじめると「キリストの肉」とされるパンを日本で作りを始めました。なかでも、海外との貿易で栄えた長崎や平戸では、パンづくりが盛んに行われるようになりました。発酵パンばかりでなく、航海のための保存食としてビスケットのような固いパンも作られました。しかし、キリスト教禁令となった江戸時代のパン作りは長崎の出島に限られました。つまりパンの文化と、キリスト教の宣教は繋がっていたのです。 パンは旧約聖書の時代からイスラエルの人々にとって大切な食物でした。イスラエルの民は奴隷状態であったエジプトから脱出する時、慌ただしく旅立ったので、発酵していないパンを持っていきました。そのことを覚えて神様の恵みを感謝する<過越祭>(すぎこしさい)では発酵させないパンを焼き、神さまが奴隷の苦しみから解放して下さったことを語り継ぐのです。 <最後の晩餐>はこの過越祭の食事でした。イエスさまは「取りなさい、これはわたしの体である」。そう言って弟子たちに与えたのです。杯も同じようにして「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と。この言葉によってこのパンと杯は特別な意味を持つものとなりました。このパンと杯が<過越祭>のパンと杯であり、キリストの「体」と「血」を象徴する聖餐にあずかることによって、私たちはイエスさまが十字架の死によって成し遂げられた過ぎ越し、救いの出来事を恵みとして味わうことができるのです。
《祈り》神さま、パンの伝来とともに私たちの住む日本に福音が届きました。パンはあくまでもパンですが、聖餐のパンを通して、最後の晩餐の弟子たちと同じ恵みにあずかることができます。霊の糧によって私たちを豊かに養ってください。
牧師 和田一郎
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