「死んで葬られ、よみにくだり」【使徒信条シリーズ⑥】

(全11回 月曜-水曜)
「邪悪で不義の時代はしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。つまり、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいることになる。」 (マタイによる福音書12章39-40節)
 「ヨナのしるし」とは、旧約聖書にでてくる預言者ヨナが三日三晩大魚の腹の中にいたように、イエスさまが十字架で死に、三日目に復活されることを意味しています。当時の人々は、イエスさまが神のもとから来た方であると信じるために「しるし」を求めました。しかし「ヨナのしるし」とは、人間が確認するためのしるしではなく、神がご自身をお示しになり、人間に与えるしるしです。つまり「ヨナのしるし」には、神さまが、私たちとどのような関係を結ぼうとしておられるのかが示されているのです。 19世紀のアメリカ、エイブラハム・リンカーンにとって、人生でいちばんつらかった出来事のひとつは、11歳の息子ウィリーを亡くしたことでした。大統領になったばかりの頃で、しかもアメリカでは南北戦争が始まり、国のことで頭がいっぱいのときでした。そんな中で、大切な息子が病気で亡くなってしまった。リンカーンは「胸が引き裂かれるようだ」と言いました。しかし、リンカーンはあきらめませんでした。自分の力だけではどうにもならないとき「神さまに国をゆだねよう」と信じて、大統領としての使命を果たし続けました。奴隷を自由にするための大きな決断も、その苦しみの中で成し遂げたのです。これは、「ヨナのしるし」に通じる話です。いちばん暗くて苦しいときにも、そこから神さまが新しい希望へと導いてくださる、そんなことを教えてくれます。 神さまはキリストの十字架と復活によって、私たちと深い交わりを築こうとしておられます。イエスさまもまた、私たちを救うために「よみ」にまで降られました。それは、どんなに私たちが深い闇にあっても、主がそこに来てくださるためです。だからこそ、私たちは使徒信条で「死んで葬られ、よみにくだり」と信じることによって、たとえ人生の中で「もうダメだ」と思える時があっても、そこにイエスさまがおられ「いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)と励ましを受けるのです。
《祈り》イエスさま、あなたが死に、よみに下ってくださった意味を、私は人生のどん底の闇にいた時、初めて知りました。私たちがどんな暗闇の中にいても、共にいてくださるあなたに感謝します。
牧師 和田一郎
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