アイデンティティと暴力

「私には、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります。それで、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を告げ知らせたいのです。私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめ、ギリシア人にも、信じる者すべてに救いをもたらす神の力です。」 (ローマの信徒への手紙1章14-16節)
 私たちは日々、いろいろなグループに属して生きています。国籍や出身地、性別、仕事、好きな音楽やスポーツなど、それぞれが「自分は何者か」を形づくるアイデンティティの一部になります。けれども、インド出身のノーベル賞学者アマルティア・センは、その中の「たったひとつのアイデンティティ」だけを自分のすべてだと考え、他の人を排除しはじめると、そこに争いや暴力が生まれる危険性を指摘しています(著書『アイデンティティと暴力』)。 現在、中東に住むイスラエル人はイスラエル人だけ、パレスチナ人はパレスチナ人というアイデンティティだけではなく、彼らは同じ三大陸の交差点という土地に住み、子をもつ親であり、子である悩みをもつ隣人です。アイデンティティは、安心やつながりを与えてくれますが、ときには人との壁にもなります。だからこそ、私たちキリスト者は考えてみたいのです。「自分の本当のアイデンティティはどこにあるのか」と。 聖書の中で、パウロはローマに住む人々に福音を伝えようとしました。しかし当時のローマの人たちは、自分たち以外の民族を「未開人」と呼び見下していました。そんな中で、パウロはこう語ります。「福音は、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」 クリスチャンのアイデンティティとは、あらゆるアイデンティティの持ち主と、おなじ「神の子」となれることを証しする責任があるということです。ギリシア人にも、未開人と呼ばれた人々にも、知恵のある人にも、ない人にもです。だからこそ、私たちが「自分は正しい」「あの人は違う」と人との違いにばかり意識がいったとき、思い出しましょう。私たちは「神の子ども」であり、「神の家族の一員」であることを。日々の生活の中で、赦しと平和を選び取る者でありたいですね。
《祈り》神よ、違いに壁を築く私を憐れんでください。すべての人があなたに愛される「神の子」であることを思い出させてください。赦しと平和を選ぶ力を与えてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/