「永遠の命を信じます」【使徒信条シリーズ⑮】

(月曜-水曜)
「神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた。」 (コヘレトの言葉3章11節)
 ある話があります。最後の審判の日、その人は多くのクリスチャンと共にキリストの前に立っていました。そこで人生を布切れのように集め、大きなキルトに仕立てる時が来ました。彼の布は汚れや穴だらけ。そこには試練や誘惑の出来事の年月が刻まれていました。特に耐え抜いた年の布はぼろぼろで、周りの人のきれいなキルトと比べ、胸が痛みました。 やがて、光にかざす時が来ました。恥ずかしくて顔を伏せました。彼の人生は苦悩や病、愛する者の死、誤解や非難に満ち、順調とは程遠いものでした。立ち直るにも時間がかかりました。それでも、貧しく弱くとも主にすがり、祈りつつ歩んできたのです。そして、そのボロボロのキルトをイエスさまに向けた時、不思議なことが起こりました。穴から漏れる光が、イエスさまの顔の形になっていたのです。イエスさまは微笑み「あなたが挫折や失敗をゆだねた時、それらは私のものとなった。あなたの弱さを通して、私の栄光は輝いたのだ」と語られました。私は悟りました。人生の傷や穴は恥ではなく、神の栄光を映す窓だったのです。 (『わたしの使徒信条』藤本満より) 使徒信条に「永遠の命を信じます」とありますが最後の審判の日、永遠のいのちを与えてくださったイエス・キリストは、私たちの欠けや傷のすべてを受けとめ、天の御国へ迎えてくださいます。だからこそ、失敗だらけだと思った人生も、永遠の光の中で意味を持つのです。主はこう言われる。『わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである』」(Ⅱコリント12:9) 弱さは恥ではなく、イエスさまの力が現れるところです。永遠のいのちとは、弱く不完全な私たちが、最後にはキリストの栄光に包まれる希望です。穴だらけの人生も、主にゆだねるとき、キリストを映す輝きに変えられるのです。
《祈り》永遠のいのちを備えてくださるイエスさま、私の弱さと傷をあなたにゆだねます。どうかそれらを通して、あなたの栄光を永遠に輝かせてください。
牧師 和田一郎
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