「星を見上げて」 アブラハムの生涯④
「主はアブラムを外に連れ出して言われた。『天を見上げて、星を数えることができるなら、数えてみなさい。』そして言われた。『あなたの子孫はこのようになる。』アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義(ぎ)と認められた。」 (創世記15章15-16節)
年月が過ぎても、アブラムとサライには子が与えられませんでした。年月が過ぎても子の与えられない夫婦。神は「大いなる国民」「祝福の源」とすると言われたのに、目の前の生活は変わらない、現実は逆のように見えたのです。ある夜、神はアブラムに「星を見上げなさい」と語られました。「あなたの子孫はこのようになる」。この時、アブラムは神を信じ、「それを彼の義と認められた」と記されています。そして神は、いけにえを通してアブラムと契約を結ばれました。これがアブラハム契約です。 天の星は、翌朝になれば視界から消えてしまいます。夜しか見ることができません。自分が見たい時に見ることができない星の輝きは、昼や夜といった神さまの定めた時にしか見ることができませんが、いつも輝いています。アブラハムを見守るように。目には見えなくとも、神の恵みと眼差しは、いつも降り注いでいるのです。 ここで重要なのは、義(ぎ)<神の前に正しい関係に立つこと>は信仰によって与えられるということです。行いではなく、やり遂げた実績ではなく「神に寄りかかる姿勢」といえます。アブラムの信仰は、立派な行為の結果ではなく、空を見上げて「あなたがそう言われるなら」とうなずいた、その内側に宿っていました。 翌朝、星は見えなくなりますが、生活は続きます。信仰の困難は、信じた瞬間よりも信じ続ける長い時間の中にあります。しかし、神は「約束を果たされるお方」です。未来が見えない時こそ、神の言葉に立つ信仰を新たにしましょう。 「『それが彼の義と認められた』と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、私たちのためでもあります。(ローマの手紙4:23-24)
《祈り》主よ、あなたの約束を信じ続ける力を与えてください。不安や疑いに負けそうな時も、星を見上げて、あなたの御言葉に立たせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
年月が過ぎても、アブラムとサライには子が与えられませんでした。年月が過ぎても子の与えられない夫婦。神は「大いなる国民」「祝福の源」とすると言われたのに、目の前の生活は変わらない、現実は逆のように見えたのです。ある夜、神はアブラムに「星を見上げなさい」と語られました。「あなたの子孫はこのようになる」。この時、アブラムは神を信じ、「それを彼の義と認められた」と記されています。そして神は、いけにえを通してアブラムと契約を結ばれました。これがアブラハム契約です。 天の星は、翌朝になれば視界から消えてしまいます。夜しか見ることができません。自分が見たい時に見ることができない星の輝きは、昼や夜といった神さまの定めた時にしか見ることができませんが、いつも輝いています。アブラハムを見守るように。目には見えなくとも、神の恵みと眼差しは、いつも降り注いでいるのです。 ここで重要なのは、義(ぎ)<神の前に正しい関係に立つこと>は信仰によって与えられるということです。行いではなく、やり遂げた実績ではなく「神に寄りかかる姿勢」といえます。アブラムの信仰は、立派な行為の結果ではなく、空を見上げて「あなたがそう言われるなら」とうなずいた、その内側に宿っていました。 翌朝、星は見えなくなりますが、生活は続きます。信仰の困難は、信じた瞬間よりも信じ続ける長い時間の中にあります。しかし、神は「約束を果たされるお方」です。未来が見えない時こそ、神の言葉に立つ信仰を新たにしましょう。 「『それが彼の義と認められた』と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、私たちのためでもあります。(ローマの手紙4:23-24)
《祈り》主よ、あなたの約束を信じ続ける力を与えてください。不安や疑いに負けそうな時も、星を見上げて、あなたの御言葉に立たせてください。
牧師 和田一郎
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