用心することにも、用心が必要

「同じ日、イスラエルの兵士は苦しんでいた。というのは、サウルが兵に『私が敵に報復する夕方まで、食べ物を口にする者は呪われる』と誓わせていたので、誰も食べ物を口にしなかったのである。」 (サムエル記上14章24節)
「イスラエルの兵士は苦しんでいた。」――その苦しみの原因は、敵ではなく、サウル王自身が課した「戦闘の続く夕方まで食べてはならない」という厳しい命令でした。国を守るために、必死な思いで命じたサウル王の決断が、結果として兵を疲弊させたのです。 かつて世界を救った害虫駆除薬剤 DDT は、レイチェル・カーソンが著した『沈黙の春』によって「環境破壊の象徴」とされ、世論は「危険だ」という方向に傾きました。環境破壊に人々の目を向けさせた、そのことには大きな意義があったのですが、その結果、DDT が使われなくなった地域ではマラリアが再拡大し、アフリカでは数百万人の幼い命が奪われる深刻な状況が起こりました。 環境への配慮という正しい思いでしたが、過剰な反応によって多くの命を失うことになったのです。カーソンもDDTの全面禁止を主張したのではなく、後にWHO(世界保健機構)は適切な管理のもとでの使用をアフリカなどの地域で認めました。良い意図から出た判断であっても、用心が行き過ぎた厳格な制限が犠牲者を生んだということです。ある哲学者いわく「薬は量しだいで毒にもなる」。 サウル王の戦闘中の厳しい命令も「正しさ」から発したことですが「恐れ」が、状況を見極める冷静さを失わせたのです。熱心さも、慎重さも自分の知恵を誇らずに、神の知恵を求める必要があるのです。 「あなたは義に過ぎてはならない。賢くありすぎてはならない。どうして自ら滅びてよかろう。」(コヘレト7:16)
《祈り》慈しみ深い主よ、私の正しい思いが行き過ぎて、誰かを苦しめることのないようお守りください。真の知恵と分別を与え、あなたの心を選び取る者としてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/