この下に蜜あり

「また、イエスは言われた。『神の国は次のようなものである。人が地に種を蒔き、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。地はおのずから実を結ばせるのであり、初めに茎、次に穂、それから穂には豊かな実ができる。実が熟すと、すぐに鎌を入れる。収穫の時が来たからである。』」 (マルコによる福音書4章26-29節)
 四月に入り、私の住む町にはツツジがあちらこちらに咲いています。ツツジの花は横を向いていますよね。それは虫が入りやすいからだそうです。上側の花びらの中央にゴマをまいたような印のあるのは「この下に蜜あり」という印で、昆虫はこの印をめがけて飛んでくるそうです。花の中にやって来ると雄シベの一部が昆虫の身体にこすりついて、それがスイッチとなり花粉が糸を引いたようにこぼれ落ちる。花粉のついた身体でまた別の花に運んで受粉してタネができるのだそうです。 花は蜜のありかを示し、虫はそれに導かれて飛んできます。そして知らぬ間に花粉が運ばれ、次の花へ、さらにその先へと命がつながっていきます。虫はただ蜜を求めているだけかもしれません。しかし、その営みが、花の命を広げていくのです。 (『なぜ花は匂うか』牧野富太郎) イエスさまは、たとえ話しをされました。人は種を蒔きます。しかしその後、芽が出て実を結ぶまでの過程は「どうしてそうなるのか、その人は知らない」と言われています。つまり、命を生み出し、成長させる本当の力は、人の手の中にはなく、神ご自身の働きにあるということです。私たちは福音の種を蒔くことはできます。しかし、それが人の心の中でどのように芽を出し、いつ実を結ぶのかは分かりません。けれども、神は見えないところで確かに働いておられます。そして時が来ると、実は結ばれるのです。 さらに言えば、私たちは、その虫のような存在なのかもしれません。自分では大きなことをしているつもりはなくても、誰かとの出会い、何気ない言葉、ささやかな関わりを通して、神の恵みが運ばれていく。福音のいのちが別の人へと受け渡されていきます。 だからこそ私たちは、結果を急ぐのではなく、与えられた場で種を蒔き続ける者でありたいのです。出会いを大切にしていきましょう。ひと声呼びかけましょう。神が必ず、その出会いを育ててくださることを信じて。
《祈り》隣人を愛せよ、と語られた主よ。私たちは種を蒔くことしかできませんが、その種を芽生えさせ、成長させ、実を結ばせてくださるのは、あなたご自身です。どうか、その人の心の中で福音の芽を育んでください。
牧師 和田一郎
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