神は人をサタンの手に任せるのか
「『あなたの手を伸ばして、彼の骨と肉を打ってごらんなさい。彼は必ずや面と向かって、あなたを呪うに違いありません。』主はサタンに言われた。『では、彼をあなたの手に委ねる。ただし、彼の命は守れ。』サタンは主の前から出て行き、ヨブの足の裏から頭の頂まで、悪性の腫れ物で彼を打った。」 (ヨブ記2章5-7節)
ヨブ記 を読むと、神はなぜヨブが苦しむことを許されたのだろうと思います。「神さまは人をサタンの手に任せるのか?」と感じるのです。しかし聖書をよく読むと、悪を行ったのは神ではなくサタンであり、神はそこに境界線を引いておられました。「ここまではよい。しかし、それ以上はならない」と、なお神が支配しておられたのです。 サタンには目的がありました。ヨブを壊したい。神への信頼を失わせたい。神の評判を傷つけたい。しかし神は、別の目的を持っておられました。ヨブを見捨てるためではなく、苦しみの中でも神との関係が失われないことを、ヨブ自身が深く知るためでした。 ヨブは苦しみの中で叫びました。問いかけました。涙を流しました。しかし最後まで、神との関係は切れませんでした。 苦しみは、決して「神に見捨てられた証拠」ではありません。むしろ聖書は、暗闇の中でも神が境界線を持ち、なお私たちを支えておられることを語っています。サタンはヨブを壊し、神への信頼を失わせようとしました。しかし神は、ヨブを見捨てるためではなく、苦しみの中でさらに深く神を知る者へと導こうとしておられました。私たちは「なぜこんなことが」と思う苦しみに出会います。しかしその時も、神は遠くへ行ってしまったのではありません。苦しみの中でも共にいてくださる。そのことをヨブ記は静かに教えているのです。
《祈り》主なる神さま、私たちは苦しみに出会う時「なぜですか」と涙を流し、言葉を失います。そのような時でも、あなたは境界線を置き、決してサタンに引き渡したりなさいません。苦しみの理由がすぐには分からなくても、主の御手の中に置かれていることを信じさせてください。
牧師 和田一郎
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発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
ヨブ記 を読むと、神はなぜヨブが苦しむことを許されたのだろうと思います。「神さまは人をサタンの手に任せるのか?」と感じるのです。しかし聖書をよく読むと、悪を行ったのは神ではなくサタンであり、神はそこに境界線を引いておられました。「ここまではよい。しかし、それ以上はならない」と、なお神が支配しておられたのです。 サタンには目的がありました。ヨブを壊したい。神への信頼を失わせたい。神の評判を傷つけたい。しかし神は、別の目的を持っておられました。ヨブを見捨てるためではなく、苦しみの中でも神との関係が失われないことを、ヨブ自身が深く知るためでした。 ヨブは苦しみの中で叫びました。問いかけました。涙を流しました。しかし最後まで、神との関係は切れませんでした。 苦しみは、決して「神に見捨てられた証拠」ではありません。むしろ聖書は、暗闇の中でも神が境界線を持ち、なお私たちを支えておられることを語っています。サタンはヨブを壊し、神への信頼を失わせようとしました。しかし神は、ヨブを見捨てるためではなく、苦しみの中でさらに深く神を知る者へと導こうとしておられました。私たちは「なぜこんなことが」と思う苦しみに出会います。しかしその時も、神は遠くへ行ってしまったのではありません。苦しみの中でも共にいてくださる。そのことをヨブ記は静かに教えているのです。
《祈り》主なる神さま、私たちは苦しみに出会う時「なぜですか」と涙を流し、言葉を失います。そのような時でも、あなたは境界線を置き、決してサタンに引き渡したりなさいません。苦しみの理由がすぐには分からなくても、主の御手の中に置かれていることを信じさせてください。
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