有か無か
「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神が存在しておられること、また、神がご自分を求める者に報いてくださる方であることを、信じていなければならないからです。」 (ヘブライ人への手紙11章6節)
「有か無か」という話があります。ある家にお客が来ました。窓ガラスがあまりにもピカピカなので、感心して言います。「いやあ、ご主人、お掃除が行き届いてますね。このガラスも本当にきれいです。」 すると主人は「ありがとうございます。でも、まだガラスは入っていないんです。」また、ある人が新しい家を訪ねると、入口には大きな透明ガラスの引き戸がありますが、その人が堂々と通ろうとすると「ゴン!」見事に額をぶつけました。 無いのに有ると思うのはおかしい。有るのに無いと思うのもおかしい。 (『人生おもしろ説法』田河水泡著) この話の作者、田河水泡の夫人はクリスチャン作家、高見沢潤子ですが、田河もその感化を受けて1952年に受洗しました。 確かに私たちは、目に見えるものを信じやすく、目に見えないものを疑いやすいものです。しかし、人生で本当に大切なものの多くは目には見えません。愛も、希望も目で見ることはできませんが、私たちは、それらが確かに存在することを知っています。 神さまも同じです。神さまは目には見えませんが、私たちの人生に確かな形で現れます。ところが私たちは時々、「神なんていない」と決めつけて、自分の力だけで生きようとします。その時、見えないガラスにぶつかるように、人生の壁にぶつかることがあります。そこに在るのに、在ることを信じようとしないからです。信仰とは、無理に信じ込むことではありません。すでにそこにおられる神に、目を開かれることです。ガラスが見えなかっただけで、ガラスは最初からそこにありました。同じように、神さまも私たちが気づく前から、いつも共にいてくださるのです。
《祈り》天の父なる神さま。目に見えるものばかりに心を奪われ、あなたの存在を忘れてしまう私がいます。見えなくても確かに共にいてくださるあなたを信頼し、日々あなたの恵みを見いだすことができますように。人生の壁にぶつかる時も、そこにあなたがおられることを覚えさせてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「有か無か」という話があります。ある家にお客が来ました。窓ガラスがあまりにもピカピカなので、感心して言います。「いやあ、ご主人、お掃除が行き届いてますね。このガラスも本当にきれいです。」 すると主人は「ありがとうございます。でも、まだガラスは入っていないんです。」また、ある人が新しい家を訪ねると、入口には大きな透明ガラスの引き戸がありますが、その人が堂々と通ろうとすると「ゴン!」見事に額をぶつけました。 無いのに有ると思うのはおかしい。有るのに無いと思うのもおかしい。 (『人生おもしろ説法』田河水泡著) この話の作者、田河水泡の夫人はクリスチャン作家、高見沢潤子ですが、田河もその感化を受けて1952年に受洗しました。 確かに私たちは、目に見えるものを信じやすく、目に見えないものを疑いやすいものです。しかし、人生で本当に大切なものの多くは目には見えません。愛も、希望も目で見ることはできませんが、私たちは、それらが確かに存在することを知っています。 神さまも同じです。神さまは目には見えませんが、私たちの人生に確かな形で現れます。ところが私たちは時々、「神なんていない」と決めつけて、自分の力だけで生きようとします。その時、見えないガラスにぶつかるように、人生の壁にぶつかることがあります。そこに在るのに、在ることを信じようとしないからです。信仰とは、無理に信じ込むことではありません。すでにそこにおられる神に、目を開かれることです。ガラスが見えなかっただけで、ガラスは最初からそこにありました。同じように、神さまも私たちが気づく前から、いつも共にいてくださるのです。
《祈り》天の父なる神さま。目に見えるものばかりに心を奪われ、あなたの存在を忘れてしまう私がいます。見えなくても確かに共にいてくださるあなたを信頼し、日々あなたの恵みを見いだすことができますように。人生の壁にぶつかる時も、そこにあなたがおられることを覚えさせてください。
牧師 和田一郎
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