戦争を必要とする国

「主は国々の間を裁き 多くの民のために判決を下される。彼らはその剣を鋤に その槍を鎌に打ち直す。」 (イザヤ書2章4節)
 「戦争をしたい人などいないよ・・・」といいますが、本当にそうだろうか? ある人がパートの仕事を見つけて働いています。電気会社の工場で冷却ファンの部品を製造する仕事です。エアコンや大型コンピューターの冷却ファンのようです。その仕事は家族にとって貴重な収入源となっていました。ある時、その部品が弾道ミサイル探知レーダーの部品であり、国内で組み立てられ、完成したレーダーを海外に輸出していると知りました。自分の仕事が、人を殺す武器の一部になっている。そして、「戦争があるから、この仕事があるのだ」と、その人は気がつきました。でも生活のためですから、辞めるわけにはいきません。  日本政府は今年の春、「防衛装備移転三原則」と運用指針を改定しました。戦後、日本が「平和国家」の理念のもと制限してきた殺傷能力のある武器輸出が、全面的に解禁されました。これは、生活のために働く一般市民が、知らぬ間に戦争に加担することになり、戦争に反対していても、そこから逃れられない構図を作るということです。いつしか「戦争をしたい人」になってしまう恐れがあるのです。 イザヤは、戦争そのものを否定するだけではありません。さらに深く「剣を作り続けなければ成り立たない社会」そのものが、神の望まれる世界ではないと語ります。人々は剣を鋤に、槍を鎌に打ち直します。つまり、人を傷つけるための技術や労働を、命を育み、実りをもたらすために用いるようになるのです。 私たちは戦争を望んでいないと思っています。しかし現実には、国家の安全保障や経済活動の名のもとに、知らず知らずのうちに戦争を支える仕組みの一部となっていることがあります。だからこそイザヤの預言は、「あなたの仕事や社会の仕組みは、本当に命を生かすために用いられているだろうか?」と私たちに問いかけているのです。
《祈り》主よ、私たちは戦争を望まないと語りながらも、着実に戦争に近づいています。どうか私たちの歩みが、命を奪うことではなく、命を育むことに用いられますように。人を傷つける力が、人を生かす力となりますように、私たちの心を新しくしてください。
牧師 和田一郎
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