信仰生活のリズムを取り戻す

「ノアは主のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥の中から選んで、焼き尽くすいけにえとして祭壇の上で献げた。」(創世記8:20)  創世記は、大洪水の後、箱舟から出たノアが最初にしたことが、祭壇を築くことであ […]

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新鮮な出会い

「私につまずかない人は幸いである」(ルカ7:23)  ある時、イエスさまは「私につまずかない人は幸いである」と語られました。 これは、聞いた者を突き放すような、ボールを投げたら、もっと強い力で投げ返されたような「挑戦的な […]

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心の中の物語を書き換える

「こういうわけで、きょうだいたち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を、神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたの理に適った礼拝です。」(ローマ12:1)  人間とは物語によっ […]

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もしイエスさまが共におられたのなら

「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」 (ルカ24:31)  十字架の出来事の直後、二人の弟子たちは、肩を落としながらエマオに向かって歩いていました。そこに復活の主が立たれ、聖書を説き […]

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励ましを与える主の御声

「ボアズは言った。『あなたは主に祝福されるように。娘さん。…』」 (ルツ3:10)  ある夜、ボアズは自分の足もとに横になっているルツを発見し大変驚きました。不意をつくようなルツの行動に「誰だ、あなたは」と尋ねると、彼女 […]

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神さまの御前に生きる生活

「あなたの断食を人に見られることなく、隠れた所におられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」(マタイ6:18)  牧師をしていてつくづく思うのですが、目 […]

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主は、憐れに思い…

「主はこの母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。」 (ルカ7:13)   「憐れに思う」という言葉は「スプリンクニゾマイ」というギリシャ語です。「はらわたが痛む」ほどの「激しい心の動き」をさす言葉で […]

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恥じてはなりません

「ですから、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはなりません。むしろ、神の力に支えられて、福音のために、苦しみを共にしてください。」(Ⅱテモテ1:8)  テモテは穏やかな人でしたが、見方を変えると気 […]

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不安と恐れからの解放

「八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」(ヨハネ20:26)  今の時代はある意味で「不信の時代 […]

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主をわたしの前に置く

「わたしは常に主をわたしの前に置く。主がわたしの右にいますゆえ、わたしは動かされることはない。このゆえに、わたしの心は楽しみ、わたしの魂は喜ぶ。わたしの身もまた安らかである。あなたはわたしを陰府(よみ)に捨ておかれず、あ […]

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