わたしは夕日の長い、ななめに射す光が好きだ
「主よ、あなたが過ちに目を留めるなら わが主よ、誰が耐えられましょう。しかし、赦しはあなたのもとにあります。あなたが畏(おそ)れられるために。 (詩編130編3-4節)
私の住む町で一番の絶景ポイントだとひそかに思っている場所がある。高座渋谷駅ビルの上階から見た西に広がる夕暮れ時の景色だ。箱根、富士山、丹沢、秩父山地が遮るものもなく、ずらりと一望できる。ここから見る富士山の配置もいい。夕日の美しさもさることながら、夕日が沈んだあとの夜になるまでのひとときは、まさに宇宙の一部にいることを体感できる。いつ見ても「世界ってどうしてこんなに美しいんだろう」と思える場所だ。夕日を謳ったある文がある。
「わたしは夕日が好きだ。夕日の長い、ななめに射す光が好きだ。その光とともに、祝福に満ちた長い一生の中の静かな、おだやかな、やわらいだ思い出となつかしい人たちの面影が浮かんでくるが、わたしはそれを愛している。それらすべての上に、神の真実がある。その真実は人を感動させ、和解させ、すべてを赦すのだ。」 (中村健之介『ドストエフスキーのおもしろさ ことば・作品・生涯』)
老境に達した長老(カラマーゾフの兄弟に出てくる人物)は、夕日に照らされた時、思い出となった人々や出来事のすべてに「神の真実がある」と告白します。すべてに神の赦しがある。受けた傷も癒やされ、長い一生が穏やかなものになっている心境を口にします。 神さまは、私たちの人生に関わり赦したいと思われています。赦しと平安は神から来る。夕日を眺める時、神さまの赦し、癒やしが自分の長い人生の中にあることを覚えたい。
《祈り》主よ、昼間の輝きとは違って、夕暮れ時の光はなんと優しく心地よいのでしょう。遠くから射す長い光は、人生の道のりと神の永遠を思い起させます。主よ、これらの被造物を通して、私たちを癒してくださっている恵みに感謝いたします。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
私の住む町で一番の絶景ポイントだとひそかに思っている場所がある。高座渋谷駅ビルの上階から見た西に広がる夕暮れ時の景色だ。箱根、富士山、丹沢、秩父山地が遮るものもなく、ずらりと一望できる。ここから見る富士山の配置もいい。夕日の美しさもさることながら、夕日が沈んだあとの夜になるまでのひとときは、まさに宇宙の一部にいることを体感できる。いつ見ても「世界ってどうしてこんなに美しいんだろう」と思える場所だ。夕日を謳ったある文がある。
「わたしは夕日が好きだ。夕日の長い、ななめに射す光が好きだ。その光とともに、祝福に満ちた長い一生の中の静かな、おだやかな、やわらいだ思い出となつかしい人たちの面影が浮かんでくるが、わたしはそれを愛している。それらすべての上に、神の真実がある。その真実は人を感動させ、和解させ、すべてを赦すのだ。」 (中村健之介『ドストエフスキーのおもしろさ ことば・作品・生涯』)
老境に達した長老(カラマーゾフの兄弟に出てくる人物)は、夕日に照らされた時、思い出となった人々や出来事のすべてに「神の真実がある」と告白します。すべてに神の赦しがある。受けた傷も癒やされ、長い一生が穏やかなものになっている心境を口にします。 神さまは、私たちの人生に関わり赦したいと思われています。赦しと平安は神から来る。夕日を眺める時、神さまの赦し、癒やしが自分の長い人生の中にあることを覚えたい。
《祈り》主よ、昼間の輝きとは違って、夕暮れ時の光はなんと優しく心地よいのでしょう。遠くから射す長い光は、人生の道のりと神の永遠を思い起させます。主よ、これらの被造物を通して、私たちを癒してくださっている恵みに感謝いたします。
牧師 和田一郎
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