雨にも負けず 風にも負けず、地の塩となる
「喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。あなたがたは地の塩である。」 (マタイによる福音書5章12-13節)
「地の塩」のような生き方をする人ってどのような人なのか? 私は宮沢賢治の「雨にも負けず 風にも負けず」という文章の人物像を思い起こします。 「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体をもち 欲は無く 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きしわかり そして忘れず 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしは なりたい」。 この文章は、賢治が亡くなった後に見つかった手帳に書かれていたそうですが、モデルになった人がいると言われています。キリスト者、内村鑑三の弟子、斉藤宗次郎という人です。宗次郎は岩手県花巻で最初のクリスチャンでした。クリスチャンであることから「国賊」と呼ばれ、小学校の教師の職も辞めさせられ、長女は「ヤソの子だ」とお腹を蹴られ腹膜炎で亡くなりました。宗次郎は新聞配達をして生計をたてるようになり、結核を患って吐血することがあっても変わらずに働きながら、夜は聖書を読み、祈る人でした。そのような生活にありながら恩師である内村鑑三の死に際では、隣りの部屋に泊り込んで看病しました。宗次郎が新聞の集金に花巻農学校に行くと宮沢賢治がいて、一緒に蓄音機で音楽を聞いたり、賢治の詩のゲラ刷りを見せたそうです。 「あなたがたは地の塩である」。その「塩」というのは少しの量でも全体を味付けし、腐敗を防ぎ清めます。たとえ力が弱く少数であっても、全体に効き目を及ぼす塩でありなさいということです。その力は無力に見えても、神様によって全体を味付けされ、腐敗から守るために用いられるのです。神さまに祝福された者は、この世において周囲の人々の味を引き出し、腐敗を防ぎ、全体を清めるような働きをするということです。
《祈り》神さま、私が人の評価を気にしてばかりいることを、あなたはご存じです。そんな私に「あなたは地の塩である」と言われました。そうです、無力に見えても病気の人を見舞い、困っている人を励まし、悲しむ人と共に涙する。そういう人にならせて下さい。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「地の塩」のような生き方をする人ってどのような人なのか? 私は宮沢賢治の「雨にも負けず 風にも負けず」という文章の人物像を思い起こします。 「雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体をもち 欲は無く 決して怒らず いつも静かに笑っている 一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きしわかり そして忘れず 野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて 東に病気の子供あれば 行って看病してやり 西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い 南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い 北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろと言い 日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず そういうものに わたしは なりたい」。 この文章は、賢治が亡くなった後に見つかった手帳に書かれていたそうですが、モデルになった人がいると言われています。キリスト者、内村鑑三の弟子、斉藤宗次郎という人です。宗次郎は岩手県花巻で最初のクリスチャンでした。クリスチャンであることから「国賊」と呼ばれ、小学校の教師の職も辞めさせられ、長女は「ヤソの子だ」とお腹を蹴られ腹膜炎で亡くなりました。宗次郎は新聞配達をして生計をたてるようになり、結核を患って吐血することがあっても変わらずに働きながら、夜は聖書を読み、祈る人でした。そのような生活にありながら恩師である内村鑑三の死に際では、隣りの部屋に泊り込んで看病しました。宗次郎が新聞の集金に花巻農学校に行くと宮沢賢治がいて、一緒に蓄音機で音楽を聞いたり、賢治の詩のゲラ刷りを見せたそうです。 「あなたがたは地の塩である」。その「塩」というのは少しの量でも全体を味付けし、腐敗を防ぎ清めます。たとえ力が弱く少数であっても、全体に効き目を及ぼす塩でありなさいということです。その力は無力に見えても、神様によって全体を味付けされ、腐敗から守るために用いられるのです。神さまに祝福された者は、この世において周囲の人々の味を引き出し、腐敗を防ぎ、全体を清めるような働きをするということです。
《祈り》神さま、私が人の評価を気にしてばかりいることを、あなたはご存じです。そんな私に「あなたは地の塩である」と言われました。そうです、無力に見えても病気の人を見舞い、困っている人を励まし、悲しむ人と共に涙する。そういう人にならせて下さい。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

