「からだのよみがえり」【使徒信条シリーズ⑭】

(月曜-水曜)
「キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬべき体をも生かしてくださるでしょう。」 (ローマの信徒への手紙8章11節)
 キリスト教会は「あえて『身体』のよみがえり」を告白します。古代ローマでは、キリスト者を迫害し、殉教者の遺体を焼き、粉々に砕いて海に捨てるという徹底的な仕打ちが行われました。それは「身体がなければ、よみがえりもないだろう」という嘲りでした。しかしキリスト者たちは揺るぎませんでした。創造主なる神は土のちりから人を造られた方。灰やちりからでも新しい命の身体を与えることができると信じていたのです。 なぜ「よみがえり」ではなく「身体のよみがえり」と強調するのでしょうか。当時のギリシャ思想は、霊と肉を二元的にとらえ、霊は永遠で神聖、肉体は一時的で低俗であるとする思想で、この思想はグノーシス主義として初代教会に入り込み、肉体や物質を軽んじる風潮を生みました。しかし神さまは、天地創造のわざで造られたこの世界と人間の身体を「それは極めて良かった」と宣言します(創1:31)。 そして、救い主イエス・キリストは「受肉」されました。神ご自身が人の身体をまとい、私たちと同じ肉体をもって生き、死に、そしてよみがえられたのです。よみがえりは単なる魂が残るのではなく、神が造られた全人格の回復です。だからこそ私たちは地上の生涯も、神に与えられた肉体も、共に神の良きものとして受けとめるのです。 イエスさまは復活して弟子のトマスに言いました。「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。あなたの手を伸ばして、私の脇腹に入れなさい。」復活のイエスさまは、十字架の傷跡を持つ、確かな身体を持っていました。これは、終わりの日に私たちも同じように新しい身体を与えられることを約束しています。私たちはその希望に生き、今の生活においても、この身体を神のものとして大切にしていくのです。
《祈り》造り主なる神よ、あなたが与えてくださった身体を感謝します。弱さや限界を覚えることもありますが、あなたの御手の中にあることを信じます。イエスさまのように新しい身体をいただく日を待ち望みつつ、今日もあなたに従います。
牧師 和田一郎
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