「罪のゆるし」【使徒信条シリーズ⑬】
(月曜-水曜)
「そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届き者。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。私がお前を憐れんでやったように、お前も仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』」 (マタイによる福音書18章32-33節)
17歳のケビンという青年の話です。彼は酒に酔って車を運転し、18歳の少女の命を奪ってしまいました。遺族は当初150万ドルの損害賠償を求めましたが、支払が難しいため939ドルに減額し、そのかわり「毎週金曜日に1ドルずつ、18年間送る」ことにしました。金曜日は事故の日であり、18年は少女の年齢に合わせた数でした。しかしケビンは、その日が来るたびに少女の死を思い出し、心が押し潰されて送金できないことがありました。まとめて支払おうとしても遺族は拒否。「毎週受け取ることが大事」と死んだ娘の母は言います。これは単なる金銭の問題ではなく、つぐないの行為そのものでした。 けれどもそれで18年後、遺族の心は本当に癒えるのでしょうか。赦しは容易ではなく、時に怒りや憎しみは「感情の牢屋」となって人を閉じ込めます。自分が赦されるべき存在であり、神さまによって測り知れぬ負債を赦された者だと気づくとき、私たちは少しずつ赦しへの道を歩み出せます。真の癒しは、自らの力ではなく、聖霊がもたらす新しい心によって実現されるのです。(『わたしの使徒信条』藤本満より) イエスさまは「心からきょうだいを赦しなさい」(マタイ18:35)と教えています。たとえ話で、主人は「私がお前を憐れんでやったように、お前も憐れむべきではなかったか」と言いました。赦しは「終着点」ではなく「中継地点」です。神の憐れみが私たちを通して他者に広がっていくことを、神さまは望まれています。
《祈り》赦しの主よ、私の心の奥深くにある怒りや悲しみを、あなたの聖霊で包み、新しい心へと造り変えてください。あなたが私を赦してくださったように、私も赦す者としてください。
牧師 和田一郎
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発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届き者。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。私がお前を憐れんでやったように、お前も仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』」 (マタイによる福音書18章32-33節)
17歳のケビンという青年の話です。彼は酒に酔って車を運転し、18歳の少女の命を奪ってしまいました。遺族は当初150万ドルの損害賠償を求めましたが、支払が難しいため939ドルに減額し、そのかわり「毎週金曜日に1ドルずつ、18年間送る」ことにしました。金曜日は事故の日であり、18年は少女の年齢に合わせた数でした。しかしケビンは、その日が来るたびに少女の死を思い出し、心が押し潰されて送金できないことがありました。まとめて支払おうとしても遺族は拒否。「毎週受け取ることが大事」と死んだ娘の母は言います。これは単なる金銭の問題ではなく、つぐないの行為そのものでした。 けれどもそれで18年後、遺族の心は本当に癒えるのでしょうか。赦しは容易ではなく、時に怒りや憎しみは「感情の牢屋」となって人を閉じ込めます。自分が赦されるべき存在であり、神さまによって測り知れぬ負債を赦された者だと気づくとき、私たちは少しずつ赦しへの道を歩み出せます。真の癒しは、自らの力ではなく、聖霊がもたらす新しい心によって実現されるのです。(『わたしの使徒信条』藤本満より) イエスさまは「心からきょうだいを赦しなさい」(マタイ18:35)と教えています。たとえ話で、主人は「私がお前を憐れんでやったように、お前も憐れむべきではなかったか」と言いました。赦しは「終着点」ではなく「中継地点」です。神の憐れみが私たちを通して他者に広がっていくことを、神さまは望まれています。
《祈り》赦しの主よ、私の心の奥深くにある怒りや悲しみを、あなたの聖霊で包み、新しい心へと造り変えてください。あなたが私を赦してくださったように、私も赦す者としてください。
牧師 和田一郎
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