やっと生まれた待望の我が子
「息子イサクが生まれたとき、アブラハムは百歳であった。サラは言った。『神は私を笑わせてくださいました。このことを聞く人は皆、私を笑うでしょう。』また彼女は言った。『サラが子どもに乳を飲ませるなどと、誰がアブラハムに言うことができたでしょう。しかし実際、私は年取った夫に子どもを産んだのです。』」 (創世記21章5-7節)
私たち夫婦は、結婚して間もなく妻が妊娠して心から喜んだのですが、妊娠初期の診断で「心臓が止まっています」と知らされ、いっきに悲しみに暮れました。その後、不妊治療の挫折や養子縁組・里親研修を受けるなどをして、子を与えられることを祈っておりましたが、そうした中で自然なかたちで妻のお腹に宿った命は、やっと与えられた待望の我が子でした。私が51歳の時でした。 アブラハムに息子イサクが与えられたのは100歳の時、神さまがアブラハムを召し出して「大いなる国民とする」と約束されてから25年の歳月が経っていました。ついに約束の時が訪れ、サラは老年でイサクを身ごもり、神の言葉は現実となったのです。 サラは喜んでこう言いました。「神は私を笑わせてくださいました」(創21:6)。不可能と思えたことを神は実現されました。イサクの名には「笑い」という意味があります。 神さまは約束を決して忘れません。人間には不可能に見えることでも、神には可能なのです(ルカ1:37)。神の恵みは、人間の限界を超えて働きます。私たちも人生の中で「もう遅い」「不可能だ」と思う場面に直面します。しかし、神のタイミングはいつも最善です。神の恵みは想像を超えて働かれます。そのことを身をもって体験してきた私は、主の不思議な御業はいつも最善であって、この方に委ねて行こうという思いを堅くすることができるのです。
《祈り》恵み深い主よ、不可能を可能にされるあなたを信じます。アブラハムは25年間、神の約束を信じて待ち続けました。そのタイミングは私たちには計り知れません。その人の最善の時に、最善を成してくださる恵みに感謝いたします。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
私たち夫婦は、結婚して間もなく妻が妊娠して心から喜んだのですが、妊娠初期の診断で「心臓が止まっています」と知らされ、いっきに悲しみに暮れました。その後、不妊治療の挫折や養子縁組・里親研修を受けるなどをして、子を与えられることを祈っておりましたが、そうした中で自然なかたちで妻のお腹に宿った命は、やっと与えられた待望の我が子でした。私が51歳の時でした。 アブラハムに息子イサクが与えられたのは100歳の時、神さまがアブラハムを召し出して「大いなる国民とする」と約束されてから25年の歳月が経っていました。ついに約束の時が訪れ、サラは老年でイサクを身ごもり、神の言葉は現実となったのです。 サラは喜んでこう言いました。「神は私を笑わせてくださいました」(創21:6)。不可能と思えたことを神は実現されました。イサクの名には「笑い」という意味があります。 神さまは約束を決して忘れません。人間には不可能に見えることでも、神には可能なのです(ルカ1:37)。神の恵みは、人間の限界を超えて働きます。私たちも人生の中で「もう遅い」「不可能だ」と思う場面に直面します。しかし、神のタイミングはいつも最善です。神の恵みは想像を超えて働かれます。そのことを身をもって体験してきた私は、主の不思議な御業はいつも最善であって、この方に委ねて行こうという思いを堅くすることができるのです。
《祈り》恵み深い主よ、不可能を可能にされるあなたを信じます。アブラハムは25年間、神の約束を信じて待ち続けました。そのタイミングは私たちには計り知れません。その人の最善の時に、最善を成してくださる恵みに感謝いたします。
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