値札を初めて作った人
「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。」 (新改訳2017) (ローマの信徒への手紙12章17-18節)
あまり知られていない事実ですが、最初に「値札」を作ったのはキリスト教会です。それ以前の取引は交渉によってなされていました。売る側は高い値段を主張し、買う側は低い値段を主張します。交渉は互いが合意するまで続きました。 キリスト教プロテスタントの一派であるクエーカー教徒はフレンド派とも呼ばれている平和主義を第一にする人たちです。暴力は常に誤りであり、男女はもちろんすべてに人は平等であるという信念をもっています。そして、値段交渉の中には不平等があり、さまざまな力関係で決まってしまう不条理を感じていました。そこで、クエーカー教徒は自分たちの商品にその価値にふさわしい「値札」をつけて、値段交渉することを拒否したのです。するとこの画期的なアイデアは流行しました。それは単に多くの時間の節約になっただけでなく、人々が毎日争っていた不条理を減らしたのです。 私たちの日常には、ちょっとした取引や交渉から、人間関係の摩擦に至るまで、多くの衝突の火種があります。自分の利益を守ろうとするあまり、相手との間に争いが生まれてしまうことがあります。けれども、神は私たちに「平和を選ぶ」ことを望んでおられます。旧約聖書の箴言11章1節には、次の言葉があります。 「主は人を欺(あざむ)く 秤(はかり)をいとい 正確な量り石を喜ばれる。」 これは商取引にとどまらず、生活全般に通じることです。ごまかしや不正の上に築かれる関係は、必ずや争いや不信を生みます。しかし、公正さを重んじる姿勢は、神の喜ばれる道であり、人と人との間に信頼を築きます。私たちも日常の中で「平和を選ぶ人」となり、「正確な量り石」を持って歩みたいですね。
《祈り》主よ、私たちが自己中心の思いに陥るとき、どうかあなたの御言葉を思い出させてください。争いではなく平和を選び、日常の行いを通して、あなたの喜ばれる道を選びとることができますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
あまり知られていない事実ですが、最初に「値札」を作ったのはキリスト教会です。それ以前の取引は交渉によってなされていました。売る側は高い値段を主張し、買う側は低い値段を主張します。交渉は互いが合意するまで続きました。 キリスト教プロテスタントの一派であるクエーカー教徒はフレンド派とも呼ばれている平和主義を第一にする人たちです。暴力は常に誤りであり、男女はもちろんすべてに人は平等であるという信念をもっています。そして、値段交渉の中には不平等があり、さまざまな力関係で決まってしまう不条理を感じていました。そこで、クエーカー教徒は自分たちの商品にその価値にふさわしい「値札」をつけて、値段交渉することを拒否したのです。するとこの画期的なアイデアは流行しました。それは単に多くの時間の節約になっただけでなく、人々が毎日争っていた不条理を減らしたのです。 私たちの日常には、ちょっとした取引や交渉から、人間関係の摩擦に至るまで、多くの衝突の火種があります。自分の利益を守ろうとするあまり、相手との間に争いが生まれてしまうことがあります。けれども、神は私たちに「平和を選ぶ」ことを望んでおられます。旧約聖書の箴言11章1節には、次の言葉があります。 「主は人を欺(あざむ)く 秤(はかり)をいとい 正確な量り石を喜ばれる。」 これは商取引にとどまらず、生活全般に通じることです。ごまかしや不正の上に築かれる関係は、必ずや争いや不信を生みます。しかし、公正さを重んじる姿勢は、神の喜ばれる道であり、人と人との間に信頼を築きます。私たちも日常の中で「平和を選ぶ人」となり、「正確な量り石」を持って歩みたいですね。
《祈り》主よ、私たちが自己中心の思いに陥るとき、どうかあなたの御言葉を思い出させてください。争いではなく平和を選び、日常の行いを通して、あなたの喜ばれる道を選びとることができますように。
牧師 和田一郎
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