出ておいでよ
「『ラザロ、出て来なさい』と大声で叫ばれた。すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。」 (ヨハネによる福音書11章43-44節)
「ラザロ、出て来なさい。」イエスさまのこの一言で、死んでいたラザロが墓から出てきました。イエスさまは「死」という、人と人とのつながりを断ち切る闇に対して、怒りと涙をもって立ち向かわれたのです。 作家、三浦綾子の小説『氷点』の登場人物にモデルはないそうですが、唯一主人公の陽子にはモデルとなった人がいて、それが三浦綾子の実の妹の陽子ちゃんなのだそうです。小説の陽子のように賢くて、意地悪されても告げ口をしない、親に叱られたことがなかったという妹の陽子ちゃんは6歳の時に結核にかかりました。 医者の誤診によって容態が悪くなった時、当時13歳だった三浦綾子に「お姉ちゃん、陽子死ぬの?わたし死ぬの?」と呟いて死んでいったそうです。綾子は胸が潰れるような痛みを、ずっと拭い去ることができなくて、妹へのいとおしさのあまり、幽霊でもいいから会いたいと思って、暗い所に行っては「陽子ちゃん出ておいで」と呼んでいたといいます。三浦綾子作品に共通していえることは、闇の中を生きる読者たちに「出ておいでよ」と語りかけるメッセージです。苦しみの中にある人、孤独に沈む人、罪の重さに押しつぶされそうな人に「こっちには光がある」「希望がある」と。イエスさまの呼びかけ「ラザロ、出て来なさい」と同じ響きをもっているのです。 私たちもまた、見えない闇の中に閉じこもってしまう時があります。失望や不安、誰にも言えなくて、自分の心の墓に閉じこもってしまうことがあります。けれど今も主は呼びかけておられます。「こっちには光がある、出て来なさい」と。
《祈り》主よ、私の名前を呼んでください。引き籠って、うずくまって、隠れようとしている私を呼んでください。主の光のもとへと一歩を踏み出せるように導いてください。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「ラザロ、出て来なさい。」イエスさまのこの一言で、死んでいたラザロが墓から出てきました。イエスさまは「死」という、人と人とのつながりを断ち切る闇に対して、怒りと涙をもって立ち向かわれたのです。 作家、三浦綾子の小説『氷点』の登場人物にモデルはないそうですが、唯一主人公の陽子にはモデルとなった人がいて、それが三浦綾子の実の妹の陽子ちゃんなのだそうです。小説の陽子のように賢くて、意地悪されても告げ口をしない、親に叱られたことがなかったという妹の陽子ちゃんは6歳の時に結核にかかりました。 医者の誤診によって容態が悪くなった時、当時13歳だった三浦綾子に「お姉ちゃん、陽子死ぬの?わたし死ぬの?」と呟いて死んでいったそうです。綾子は胸が潰れるような痛みを、ずっと拭い去ることができなくて、妹へのいとおしさのあまり、幽霊でもいいから会いたいと思って、暗い所に行っては「陽子ちゃん出ておいで」と呼んでいたといいます。三浦綾子作品に共通していえることは、闇の中を生きる読者たちに「出ておいでよ」と語りかけるメッセージです。苦しみの中にある人、孤独に沈む人、罪の重さに押しつぶされそうな人に「こっちには光がある」「希望がある」と。イエスさまの呼びかけ「ラザロ、出て来なさい」と同じ響きをもっているのです。 私たちもまた、見えない闇の中に閉じこもってしまう時があります。失望や不安、誰にも言えなくて、自分の心の墓に閉じこもってしまうことがあります。けれど今も主は呼びかけておられます。「こっちには光がある、出て来なさい」と。
《祈り》主よ、私の名前を呼んでください。引き籠って、うずくまって、隠れようとしている私を呼んでください。主の光のもとへと一歩を踏み出せるように導いてください。
牧師 和田一郎
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