勇気と無謀の分かれ目
「その頃イスラエルの地には、どこにも鍛冶屋がなかった。ヘブライ人に剣や槍を作らせてはいけないと、ペリシテ人が考えたからである。」 (サムエル記上13章19節)
「イスラエルの地には、どこにも鍛冶屋がなかった。」 この一文は、単なる社会状況の説明ではありません。戦争をしようとする国に鍛冶屋がいないということは、戦うための「備え」がないということでした。サウル王はその現実を受け取っていませんでした。人々の評価を気にしてばかりで焦っていました。命じられていたにも関わらず、サムエルを待てずに、自ら生け贄をささげて戦闘に入ろうとしましたが、すでに戦いの勝敗は決していたのです。 勇気とは、恐れながらも正しい時を待つことです。無謀とは、恐れを振り払おうとして時を誤ることです。サウルは「民が離れそうだから」という不安から行動しました。人の目を恐れ、神の時を待てなかったのです。信仰の戦いでは、剣や槍よりも、待つ心こそが最も強い武器となります。 この夏、総力戦研究所の史実を伝えるTV番組が放映されました。日米開戦前夜の1941年夏、首相直属の「総力戦研究所」は、日本とアメリカが戦った場合のあらゆる可能性をシュミレーションしたのです。官僚・軍人・民間から選抜された若きエリートたちが導き出した結論は、日本の圧倒的な敗北でした。若き頭脳たちは「日本に勝ち目はない」という冷静な結論を出していたにもかかわらず、国は突き進みました。「今やらねば滅びる」という焦りが、理性を覆ったのです。その姿は、サウルの焦りと重なるのです。 「勇気」と「無謀」は似ています。どちらも行動を伴い、外から見れば勇ましく見える。しかし、勇気は信頼に立つ。無謀は不安に駆られる。サウルは剣を手にしていましたが、心に平安がありませんでした。ペリシテ人は鍛冶屋を奪いましたが、神への信頼を奪うことはできなかったのに、サウル自身が神を手放してしまったのです。
《祈り》主よ、どうか私たちが、あなたの言葉を待つ勇気を与えてください。不安に駆られて動くのではなく、信頼に立って歩む者としてください。私たちの戦いが、剣によるものではなく、あなたへの信頼によって成し遂げられますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
「イスラエルの地には、どこにも鍛冶屋がなかった。」 この一文は、単なる社会状況の説明ではありません。戦争をしようとする国に鍛冶屋がいないということは、戦うための「備え」がないということでした。サウル王はその現実を受け取っていませんでした。人々の評価を気にしてばかりで焦っていました。命じられていたにも関わらず、サムエルを待てずに、自ら生け贄をささげて戦闘に入ろうとしましたが、すでに戦いの勝敗は決していたのです。 勇気とは、恐れながらも正しい時を待つことです。無謀とは、恐れを振り払おうとして時を誤ることです。サウルは「民が離れそうだから」という不安から行動しました。人の目を恐れ、神の時を待てなかったのです。信仰の戦いでは、剣や槍よりも、待つ心こそが最も強い武器となります。 この夏、総力戦研究所の史実を伝えるTV番組が放映されました。日米開戦前夜の1941年夏、首相直属の「総力戦研究所」は、日本とアメリカが戦った場合のあらゆる可能性をシュミレーションしたのです。官僚・軍人・民間から選抜された若きエリートたちが導き出した結論は、日本の圧倒的な敗北でした。若き頭脳たちは「日本に勝ち目はない」という冷静な結論を出していたにもかかわらず、国は突き進みました。「今やらねば滅びる」という焦りが、理性を覆ったのです。その姿は、サウルの焦りと重なるのです。 「勇気」と「無謀」は似ています。どちらも行動を伴い、外から見れば勇ましく見える。しかし、勇気は信頼に立つ。無謀は不安に駆られる。サウルは剣を手にしていましたが、心に平安がありませんでした。ペリシテ人は鍛冶屋を奪いましたが、神への信頼を奪うことはできなかったのに、サウル自身が神を手放してしまったのです。
《祈り》主よ、どうか私たちが、あなたの言葉を待つ勇気を与えてください。不安に駆られて動くのではなく、信頼に立って歩む者としてください。私たちの戦いが、剣によるものではなく、あなたへの信頼によって成し遂げられますように。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/

