マインドフルネスと黙想

「何事も思い煩ってはなりません。どんな場合にも、感謝を込めて祈りと願いを献げ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超えた神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスにあって守るでしょう。」 (フィリピの信徒への手紙4章6-7節)
 先日、目黒区にある聖契神学校で行われた「黙想会」に参加しました。教室の一室に琉球畳が敷かれ、畳のやわらかい香り、ゆっくりと自分の息づかいに意識を向けて心地よい時間でした。マインドフルネスを取り入れた黙想でした。それは、将来へのぼんやりとした不安、まだ起こっていないことへの心配に囚われがちな人にとって、大きな助けになるようです。 姿勢を正し、呼吸に意識を向ける。浮かんでくる雑念をムリに追い払わず、ただ流していく。そうすることで「過去」や「未来」へ飛びがちな心を、「今、この瞬間」へと戻していきます。仕事の失敗を思い出して落ち込むとき、将来への不安で心がざわつくときがあります。そんなとき、「今、ここ」に立ち戻ることは、心を守る小さな安全地帯のようです。 昼食は持参したお弁当を黙食で食べました。「噛む」「味わう」「飲み込む」ふだんは意識しない何気ない動作を感じることで心が整いはじめます。 聖書は、そんな私たちにこう語ります。「思い煩うな」と。しかしそれは、ただ我慢して不安を押し込めるという意味ではありません。続いて「神に打ち明けなさい」というのです。それは、心を「今」に戻すだけでなく「神の前の今」に戻るという招きです。 呼吸を整えながら、そっと心の内を神に伝える。「主よ、今、私はここにいます。雑多な心を受け取ってください」。いつの間にか、心は神さまの平和に包まれていきます。 黙想によって、今に気づき、祈りによって、今、神が共におられることに感じるでしょう。漠然とした不安に心が曇るときこそ、深く息をして、そっと祈ってみましょう。
《祈り》主よ、今、ここに生かされること・・・。それは、主の平和に守られて生きることです。そのとき私は知ります。未来はまだ来ていない。でも、神は今、ここにおられる。
牧師 和田一郎
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