風の強い日の旗は美しい

「私たちは、この宝を土の器に納めています。計り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかになるためです。私たちは、四方から苦難を受けても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、迫害されても見捨てられず、倒されても滅びません。」 (コリントの信徒への手紙二4章7-9節)
風の強い日の旗は美しい  牧師という仕事をする中で、日本語の難しさと学ぶ必要をいつも感じます。俳句の第一人者でTV「プレバト‼」で人気の夏井いつきさんの俳句の添削はとても参考になります。 夏井さんがかつて教員を務めていた頃は、校内暴力が激しく、教員にとってつらい時代だったそうです。そんなある日、尊敬する先生に「風の強い日の旗は美しいでしょう? 私たちは今、旗なのです」と言われ、その言葉を座右の銘としているそうです。 (『高校生と考える日本の論点2020-2030』桐光学園講演会より) 旗は、風が弱い日には垂れていますが、強風のときには大きくはためき、最も美しく見えます。苦しい状況の中に立たされ、強風が吹くときこそ、その人の真価が問われ、最も輝く時なのですね。そして、旗が美しく見えるのは、旗そのものが強いからではありません。風を受けているからです。 使徒パウロは、自分を「土の器」と呼びました。土の器は、丈夫でも立派でもありません。人は決して鋼鉄の器ではないのです。しかし、その弱い器の中に「宝」が入っています。宝とは、神が共にいてくださるという恵み、キリストという命です。 だからパウロは苦しみの現実を否定しません。「四方から苦しめられる」「途方に暮れる」「迫害される」「打ち倒される」と、非常に率直に語ります。それでもパウロは、「行き詰まらず」「失望せず」「見捨てられず」「滅びない」と告白します。自分が強いからではなく、力が神から来ているからです。順風満帆のときには信仰は目立ちませんが、強風が吹くときこそ、信仰が力強くたなびくのです。
《祈り》主なる神さま。私たちは土の器のように弱く、強い風の前に倒れそうになります。しかし、強い風の中にあなたの息吹を感じます。あなたに依り頼み、風の中で立ち続ける者としてください。
牧師 和田一郎
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