薄明光線
「ヤコブはベエル・シェバをたって、ハランへと向かった。ある場所にさしかかったとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。彼はそこにあった石を取って頭の下に置き、その場所に身を横たえて眠り、夢を見た。すると、先端が天にまで達する階段が地に据えられていて、神の使いたちが昇り降りしていた。」 (創世記28章10-12節)
雲の隙間から地上に向かって伸びる光の筋。それを自動車の車窓から見つけた妻が「あっ、ヤコブの梯子だ」と言った。絵画を見ているような幻想的な風景でした。 雲の隙間から太陽光が漏れ、光の筋が地上へ放射状に降り注いで見える自然現象を「薄明光線」(はくめいこうせん)というそうです。本来、太陽の光そのものは空気中では見えませんが、空気中の埃や、花粉、霧などがあると、光が散乱して「光の筋」として見えるようになります。 雲の切れ間から差し込む一筋の光は、「どんなに空が暗くても、太陽そのものは消えていない」ということを教えてくれます。人生にも、厚い雲に覆われる時がありますよね。先が見えず、祈りも届かないように感じる日があります。病気、老い、別れ、不安、人間関係・・・まるで空一面が灰色になったように感じることがあります。 しかし、薄明光線を見ると分かることがあります。雲の向こうには、なお光があると。 しかも興味深いことに、薄明光線は、空気中の塵や水滴があるからこそ見える光です。もし何もなければ光の筋は見えません。ですから、私たちの人生に涙も、弱さも、迷いもなかったなら、神の光を、これほど深く知ることはできなかったかもしれないのです。だから私たちは、雲を見るだけで終わらずに、雲の向こうにおられる神さまを見上げながら歩みたいのです。
《祈り》神よ、空は私の心模様のようです。厚い雲に覆われる時、雲の向こうに変わることなく太陽があるように、あなたがいることを信じさせてください。どんなに厚く暗い雲に覆われようとも、あなたはそこに居られます。
牧師 和田一郎
ご感想は下まで(スマホ・パソコンの方向けです) forms.gle/EkE9N8gDaJQ7ee2L9
発行者名 高座教会 www.koza-church.jp/
雲の隙間から地上に向かって伸びる光の筋。それを自動車の車窓から見つけた妻が「あっ、ヤコブの梯子だ」と言った。絵画を見ているような幻想的な風景でした。 雲の隙間から太陽光が漏れ、光の筋が地上へ放射状に降り注いで見える自然現象を「薄明光線」(はくめいこうせん)というそうです。本来、太陽の光そのものは空気中では見えませんが、空気中の埃や、花粉、霧などがあると、光が散乱して「光の筋」として見えるようになります。 雲の切れ間から差し込む一筋の光は、「どんなに空が暗くても、太陽そのものは消えていない」ということを教えてくれます。人生にも、厚い雲に覆われる時がありますよね。先が見えず、祈りも届かないように感じる日があります。病気、老い、別れ、不安、人間関係・・・まるで空一面が灰色になったように感じることがあります。 しかし、薄明光線を見ると分かることがあります。雲の向こうには、なお光があると。 しかも興味深いことに、薄明光線は、空気中の塵や水滴があるからこそ見える光です。もし何もなければ光の筋は見えません。ですから、私たちの人生に涙も、弱さも、迷いもなかったなら、神の光を、これほど深く知ることはできなかったかもしれないのです。だから私たちは、雲を見るだけで終わらずに、雲の向こうにおられる神さまを見上げながら歩みたいのです。
《祈り》神よ、空は私の心模様のようです。厚い雲に覆われる時、雲の向こうに変わることなく太陽があるように、あなたがいることを信じさせてください。どんなに厚く暗い雲に覆われようとも、あなたはそこに居られます。
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