赤いユリを知ってますか?

「娘たちの中で 私の恋人はあざみの茂みに咲く百合のよう。」 (雅歌2章2節)
 教会の庭先で、見知らぬ人がスマートフォンで赤い花の写真を撮っていました。「赤いユリなんて珍しいから・・・。」私もその花を見て、「赤いユリなんてあったかな?他の花では?」と思い写真を撮り、少し調べてみました。ユリの花であれば外側に3枚、内側に3枚、合わせて6枚の花びらのような部分(花被片)からできているそうです。 中世のキリスト教では、この「3」という数が、父なる神、子なるキリスト、聖霊なる神を表すものとして大切にされ、ユリは信仰の象徴と考えられてきたと。あらためて教会の庭の赤い花を見ると、確かに外側に3枚、内側に3枚。なるほど、間違いなく赤いユリなのだと納得しました。白いユリはキリスト教では「純潔」や「清さ」の象徴として知られていますが、赤いユリであればどうでしょう?「情熱」とか「愛」とか、キリストの流された「血潮」となるでしょうか。 『雅歌』には、「私の恋人はあざみの茂みに咲く百合のよう」とあります。この『雅歌』は聖書66巻の中でも独特な書で、男女がお互いを愛し合う姿をとおして、神の愛の深さを映し出している詩集です。あざみは鋭い棘を持つ植物です。その中で百合が美しく咲いていて、何とも恋焦がれるほど慕わしいというのです。 私たちの人生にも、あざみのような棘があります。思い通りにならないこと、人とのすれ違い、病や老いや不安があります。しかし神は、そのような場所にいる私たちを見て、「あなたは美しい」と語りかけてくださるのです。白いユリであっても、赤いユリであっても、神に造られた花として、その場所で咲いています。私たちも、一人ひとり違った「個性」という色をもっていますが、神が恋焦がれるほどの愛の中で咲いている花です。神様は、あざみのない場所ではなく、あざみの中に咲く百合を「美しい」と言われたのです。
《祈り》天の神様。私の人生には、あざみのような棘があります。思い通りにならないことや不安や痛みを抱えています。しかし、そのような中にあっても、あなたの眼差しの中で、この場所で、与えられた花を咲かせていくことができますように。
牧師 和田一郎
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