さて、これからどうしよう

「私たちは、先祖が皆そうであったように、あなたの前では寄留者であり、滞在者にすぎません。私たちの地上での生涯は影のようなもので、希望などありません。」 (歴代誌上 29章15節)
 26歳の沢木耕太郎は、軌道に乗っていたルポライターの仕事をすべて投げ出し、香港へと旅立ち、陸路2万キロをバスでロンドンまで目指す旅を始めました。旅に出た最初の朝、こんな場面があります。「さて、これからどうしよう・・・。そう思った瞬間、ふっと体が軽くなったような気がした。今日一日、予定は一切なかった。せねばならぬ仕事もなければ、人に会う約束もない。すべてが自由だった。」 旅の初日、すべてが自分の自由。少し心細さもあったでしょうが、それ以上に、何かに縛られていた自分が、解き放たれる喜びを感じたのですね。沢木さんは『深夜特急』のあとがきで、読者へ「恐れずに、しかし気をつけて」という一文を書いていました。「まず一歩を踏み出そう」というメッセージです。しかし年齢を重ねた今は、「気をつけて、だけど恐れずに」と思うようになったそうです。「恐れる必要はない」と軽々しくは言えませんから、まず、「気をつけて」と気遣う思いが先にくるのですね。 聖書は、私たちの人生そのものを「旅」にたとえます。ダビデ王は「私たちは神の前では寄留者であり、滞在者にすぎない」と祈りました。寄留者とは、一時的にその土地に住む旅人です。私たちの、この地上の人生は永遠の住まいではありません。私たちは、神が備えてくださる天国という故郷へ向かう旅人なのです。 だからこそ、人生は「さて、これからどうしよう」と毎日を新しく始めることができます。昨日の失敗や成功に縛られ続ける必要はありません。神は今日という新しい一日を与え、「さあ、一緒に歩もう」と私たちを招いてくださいます。 歴代誌では「希望などありません」と語られていますが、それは、この地上だけを見つめるなら、人の命は「はかない」という告白です。しかし新約聖書に生きる私たちは、その先を知っています。キリストは死に勝利し、永遠のいのちへの道を開いてくださいました。ですから、私たちの希望はこの世ではなく、永遠を生きるキリストにあるのです。
《祈り》父なる神様。この人生を、地上だけで終わるのではなく、永遠の御国へと続く旅として導いてくださり感謝いたします。私たちがこの世の旅人であることを忘れず、天の故郷を見上げながら、与えられた日々を大切に生きることができますように。今日という新しい一日を、あなたからの贈り物として受け取り、歩む者としてください。
牧師 和田一郎
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