神は白紙から始められる

「初めに神は天と地を創造された。地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。『光あれ。』すると光があった。」 (創世記1章1-3節)
 プロイセンの王が王室礼拝堂の牧師を選んだ時のことです。前任の牧師は、博学で敬虔な優れた人物でした。そのため王は、志願者の中からふさわしい後任者を選ぶため、ある試験を行いました。一人の志願者に、次の日曜日に王室礼拝堂で説教をするように命じました。説教の題は、礼拝の直前に与えるというのです。 やがて日曜日になり、礼拝堂は大勢の会衆で満たされました。説教者が講壇に立つと、王の侍従が一通の封書を差し出しました。彼が封を開くと、そこに入っていたのは、何も書かれていない一枚の白紙でした。彼は少しも慌てず、その白紙を会衆に示してこう語りました。「神はこの白紙のように、何もないところから天地を創造されたのです・・・」と見事な説教を語りました。 創世記は、世界の始まりを「混沌」と「闇」として描きます。しかし、その闇の中に神の霊がおられ、「光あれ」と語られました。神は整った世界から始められたのではなく、何もないように見えるところから新しい創造を始められたのです。私たちの人生にも、白紙になったように感じる時があります。先が見えなくて、不安に包まれることがあります。しかし、人間にとって白紙は終わりに見えても、神にとっては始まりとなります。白紙を渡された説教者がよかったのは、即興で話す才能ではなく、白紙を神に委ねたからです。神は、白紙から始められるお方です。そして神が始められる新しい物語には、必ず光があるのです。
《祈り》父なる神様。私の心が白紙のように思える日があります。そのような時にも、あなたは混沌と闇の中で働かれ「光あれ」と新しい歩みを創造されます。どうか今日も、私に向かって「光あれ」と語ってください。今日の、新しい一歩を与えてください。
牧師 和田一郎
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