安息日とは

「会堂長は、イエスが安息日に病人をいやされたことに腹を立て、群衆に言った。『働くべき日は6日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない』」。
(ルカ13:14)

 「本末転倒」という言葉があります。まさに会堂長の安息日理解は本末転倒でした。安息日とは何でしょう。それは人が創造主である神さまの恵みを味わい、神さまの御旨を深く知って神さまを礼拝、賛美する日です。
天地万物を創造し全ての良い物を造られた神さまが7日目に休まれたことを記念して人に与えられた日が安息日だからです。
 また出エジプトを経験したイスラエルからすれば、奴隷状態から解放されたことを感謝し記念する日でもありました。
 さらに新約聖書に入り、主の再臨によって神の国が完成する時に、私たちは永遠の安息に入ると教えられています。まさにそれは永遠の安息を指し示す日でもあります。
こうしたことを知れば知るほど、安息日とは、神さまに愛されていることを覚えて、その恵みに応えて神を礼拝し、神さまを愛し、神の憐れみをもって人を憐れむ日であることが分かります。
 ですからイエスさまからすれば、病人が癒されたことは、この安息日にふさわしい出来事だったわけです。

 ところが、会堂長は腹を立てたのです。イエスさまは、こうした会堂長に代表される彼らに対して「偽善者たちよ」と厳しく非難しました。
自分たちの持ち物である牛やろばなら、安息日でも、飼い葉桶から解いて、水を飲ませに行くのに、なぜ、病人を病の束縛から解いてやるのがいけないのか。偽善者たちよ、と主は言われました。
いつも自分の都合のいいように聖書を拾い読みし、解釈し、自分は変わらずに人を変えようとする。まさに口先だけの、こうした人々に対して、主は憤って「偽善者よ」と非難したのです。
ともすると、私たちも神さまよりも厳格になることがあるのではないでしょうか。律法は、神と人とを愛するためにあるのだということを忘れていませんか?

 いってらっしゃい。

 牧師 松本雅弘

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